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  ブログ読者の皆さまから、心あたたまるメールやお手紙を頂戴しております。

  この場をお借りして、心から感謝申し上げます。


  
  さて、先日、「不安障害が治ることとは、又、それはどのようなものか?」

  と、ご質問を頂戴したのでざっと思うところを述べてみたい。


  
  例えば30代男性、不安障害(不安神経症)。

  強い不安、強迫観念などで、まったく仕事が手につかなかったが、
  
  7割ほど良くなって徐々に仕事ができるようになった。

  
  この不安障害(神経症)の場合、その徹底的な完全欲から

  少しでも症状(違和感)が残っていれば、まだ治っていないと強調する。

  しかし、これは主観的なこと。



  以前このブログで紹介した「治らずに治った」の倉田百三氏。

  まったく原稿さえ書けなかった倉田氏が、昭和初期に

  森田先生の指導により、文筆家の生活が出来るようになっていった。

  倉田氏の症状は多少残っていたが、それが問題とならない

  探せば違和感はあるが、

  何らの障害にならない状態で社会生活が可能になっていた。


  
  不安障害(神経症)、残り3割を申せば、治らぬままに治った生活の入るよう

  助言するのが一般的であります。まさに、外相整いて内相自ら熟す※

 ※健康人らしくすれば、健康になれるという意味。神経症は、まず症状を除去して(気分をよくして)それから健康人の生活に戻ろうとする。しかし、それではいつまでたっても健康人の生活は望めない。気分はそのままにして、まず健康人らしく振る舞うことである。そうすれば気分は自然に健康人らしくなってくる、という意味。


  不安障害(神経症)は、10のうち7良くなっても、残り3を見つけて、

  「治らない」と強調する人が、長引かせてしまうことが多い。

  この「とらわれ」、「徹底的なこだわり」こそが不安の根源。



  治らない、ではなく、

  少々、症状(違和感など)があっても、素直に「おかげで良くなりました。」と、

  言って日常生活に入って行く人のほうが、むしろ不安の痕跡を留めない。

  つまり、10のうち2つ、3つ残っていても、素直に「良くなった。」と

  いえる人が、不安の解決をされていく。
 


  不安症状は、その性格の特徴である内向性、

  徹底的な完全主義、強い意識性の「当然の現れ」と我々は理解する。


  本来であれば、役に立っていたであろう不安は、その人にとって

  もっとも良い所で現れた。

  しかし、それに反対し、拮抗したから「症状」に姿を変えた。

  もし、それに反対しなかったら、その不安は役立って流動し、

  心にその跡を留め置かなかったであろう。



  今一度申せば、

  不安を自らの意志をもって力ずくで除外し、心地よいものにしようとした為に、

  停滞し、こんがらがった強い不安(とらわれ)を持つに至ったのである。

  
  不安がよぎる。

  ヨロヨロになって、なったらどうしようと想像をしては、

  取越し苦労の連続である。

  しかし、その症状、経過を冷静に振り返れば

  毎回、想像したような最悪の結果にはなっていない。

  これは「事実」である。

  事実を重んじ、もっと自分の体を信じてあげること、

  そして、必要な行動に入って行くことが解決の根幹と考えます。

  



不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE




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by mental-online99 | 2016-10-30 21:07 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

心の中の声

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  読者の皆さまから、心あたたまるメールやお手紙を頂戴しております。

  この場をお借りして、心より感謝申し上げます。

  
  さて、悲しみや苦悩。

  これには、たとえ御身内であろうと、そっとしておく悲しみや苦悩もある。

  学校や企業、或は家庭でも、これを本人から聞き出すこと、話して分かち合う事が良いと

  されているケースが多い。

  しかし、その悲しみや苦悩にも、本人からすると言葉にだせない、

  むしろ、出したくない、出すことによって、より苦しさが増すこともあります。

  

  言葉だけにとらわれてしまうと、大切なものを見失うこともある。


  声なき声、

  心の中の声に耳を傾け、「黙って聞く。」

  
  とても聞き入れれる状態ではない人に、言葉で解決しようとしていた自分に、

  自戒を込めた、今日。



  
  みなさんにとって、良い週末になりますように。




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by mental-online99 | 2016-10-28 22:55 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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  不安障害の人が問います。

    「不安症状はどうすれば無くなるのか?」、と。

  
  不安が無くなった状態になるのではなくて、

  不安が有っても、不安を問わない、不安と戦わない心の態度に展開し、

  そのうち、不安が浮かんで来たことさえ、分からない心の態度になっていく。

  ただし、不安を相手に戦っているうちは、なんども不安は顔をだしてきます。


  

  つまるところ、不安を追い払おう、取り除こうとしたから不安症状を持つに至った。

  徹底的で、完璧主義な心のはからいが、ますます不安を亢進させたともいえます。


  頭に浮かんだ不安・雑念を、取り除いてから次をしようと、やり繰りしたから

  雑念(観念)に追われる結果となった。

  眠ろうと、計らったから眠れなくなった。



  不安は今この現在、そして将来への用心として本来役立っています。

  この不安こそが、自らの気を引き締め、

  周囲や家族を守る要ともなってもいます。

  

  
  不安症状を持ち合わせる人がさらに言います。


   「不安がなくなってきました、良くなって嬉しいです。」、と。


  ここで、

  不安が無くなったと喜んでいるうちは、不安が頭を出すとたちまち

  再び不安に陥ってきます。


  そうではなくて、不安が有った、無かったさえ問わなくなってくる。

  不安を相手にすることが、面倒になってくる。

  そうして、やがては、われわれさえ必要としなくなり、忘れていかれる。

  この経過こそ、不安障害の解決に必要な心の展開なのであります。


  不安症状を大げさに申せば、道行く一般の人には耐えられない苦悩とも表現できましょう。

  悪戦苦闘をして、これに耐え、そして倒れてもひたすら前進していくのが、

  この症状を持ち合わせた人たち、

  すなわち勇者であると思うのです。

  
  
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by mental-online99 | 2016-10-27 20:13 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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  不安障害(神経症)の人が、

    「人前で堂々として、動じないようになりたい。どうすれいいか?」と悩む。

  これが、いわゆる神経症の人の完全欲であって、

  不安、強迫観念のとらわれへ陥るきっかけにもなる。


  びくびくしながら、不安なままに、どうにもならないから、「今」をやっていく。

  この心の態度が、後々、びくびくしていても、だたそれだけ、

  その後が続かないといった、不安のしっぽが切れた状態になる。


  心臓がドキドキする。なにか、心臓の病気ではないか、と不安になる。

  不安が強く、胸が重苦しくなって心配になる。

  そう思う心が平常心(普通)であって、

  心をやりくりしない、不安と戦わない。

  それが安心につながるのです。


  つまり、不安心はどうにもならないから、不安心のままに目の前をやっていく。

  この態度が、最大の防衛でもあり、不安の衝撃が少ない。

  ここをいかに、早く気付くことができるか、

  これが、不安障害解決(全治)への要諦であります。

  
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  よい週末をお過ごしください。

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by mental-online99 | 2016-10-22 21:23 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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  不安障害(神経症)や鬱に苦悩する人たちが多い。

  ある人は、「ただただ、天井の模様を眺めている自分...」と苦悩を表現する。


  又、30代の女性。社会復帰を果たしたが、「薬の副作用もあって、皆と体力が異る自分...」と悩む。このように精神症状をかかえる人達は、一人として同じ苦悩や症状はありません。


   「こんな自分を生んだ親を恨む」
   「家族でさえ理解が無い」と、ひきこもる人もいる。

  精神疾患に悩む人たちは、おおよそ上述のようなイライラや不安を経験している。



   「因縁が熟すまで。」


  言い換えれば、機が熟す、とでもいいましょうか、

  やがて、恨むとか、世間が云々とか、症状がどうこうと、ある日をもって、

  ぱたッ.....と剥がれ落ちて言わなくなる。

  
  この状態を森田学説的にいえば、

  あるがまま、平常心とは不安な時は不安であることであり、不安を忍耐することではない。不安と戦わなくなること。つまり、今の自分に絶対肯定の態度であり、とらわれた葛藤が無い状態をいいます。


  
  誰しも、家族にさえ話せない苦悩がある。心の海の大底に沈めた過去もある。

  ただ、病気をしたことで、症状をもった事を欠点と呼ぶには、少々意味が異なる。


  苦しいと感じるのは、果敢に治そうと立ち向かって行っているからであって、

  その勇気と心根の強さをどうして欠点といえようか。



  この先、やがて苦しみと孤独、悲しみゆえに、我が歩むべき道が見えてくる。

   「病気によって、大事なものを知るに至った。」

  と言えたときには、欠点どころか、すでに苦楽さえ超越されているものです。

  
  将来、まだ病気になってもいない、苦しみを知らない若者たちの話に、

  そっと耳を傾け、聞いているのはあなたなのかもしれません。


  そのためにも、

  あなた自身に誇りをもって、今この一日を大切に過ごされてください。




不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE



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by mental-online99 | 2016-10-20 20:37 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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  私の心に残っている、千利休につぎのような逸話があります。

  秀吉公家臣であり、利休七哲の中でも筆頭とされた会津の鶴ヶ城城主、蒲生氏郷(がもう うじさと)。
  その蒲生氏郷(1556年~1595年3月17日没)と千利休の逸話。

  会津鶴ヶ城城主、蒲生氏郷が病についたので、利休は見舞いに行かれた。
  千利休は茶の湯の師として親しい間柄であるから、氏郷は病間へ迎え入れて対面なさった。利休は氏郷の病んだ姿をご覧になって、

   「ご病気のご養生が、中途半端のようにお見受けします。あなたは第一にまだまだお若い身であり、それに文武の両道に秀でた御大将であり、日本でも一人か二人しかいないほどの大名であります。それを考え、これを思ってみても、いずれも世の中を誤りなく導く人としての、大切な資質ばかりです。それなのに、あなたはご療養がおろそかのように思われます。気を引き締めておすごしください」と利休はおっしゃった。

  すると氏郷は、

   「かぎりあればふかねど花はちる物を 心みじかき春の山風」
  (花は、その命のかぎりが来さえすれば、風に吹かれずとも、自分から散ってゆくものですのに、春の山風は思いやりもなく、まだ続くべき花の命を散らすことです。私の命も、山風に吹かれた花のように、この病いで散ることでありましょう)と詠じた。

  それを聞くと利休は涙を流し、なんとお覚悟の深いことをおっしゃる、とつぶやき、しばらくは物も言えずにおられた。やがて、「おっしゃるとおりではありますが」と言いながら、涙をおさえて、

   「ふるとみばつもらぬさきにはらへかし 雪にはをれぬ青柳の枝」
  (雪が降ってきたら、積らない先に払い落としなさい。あの細い青柳の枝が、雪に折れないのは、自分でそれをしているからです。あなたもご病気になったいま、ご自分で強い意志をもって、病気をなおそうとご養生におつとめなさることです)と返歌をなさった。(参考文献:利休の逸話)


  この逸話を思い起こすたびに感じることは、家族以外、病気でご入院や自宅療養をされている人にお見舞いに行かれるとき、「健康な自分」として病気の人と向き合うなら、病の人を傷つけることも多く、かえって見舞わない方がいいということです。
 これは表現が難しいのですが、病に臥せっている人の心理というのは、日々、病魔、孤独感と戦い筆舌では云い難いほど健康な人と温度差を感じているものです。

  上述のように、ここでは逸話ではありますが、利休は涙ながらに、まるで氏郷と同じ境遇の如く向き合っておられます。利休の言う、

   「雪が降ってきたら、積らない先に払い落としなさい。あの細い青柳の枝が、雪に折れないのは、自分でそれをしているからです。」

  この言葉を胸に、見舞う心も忘れず、日々、用心して過ごしていきたいものです。






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by mental-online99 | 2016-10-18 23:36 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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 ↑ 訪問先にて、秋の茶花、コスモス。

  この季節になると、北海道から初雪の便りがくる。その昔、雪の大地を走り回っていた自分と、不安症状で悪戦苦闘していた人たちを思い出す。

  丁度季節は今頃。
  当時、網走で仕事を終えて旭川へ向かう道中、地元の人たちから、「石北(せきほく)峠は15時までには越えろよ!」とよく言われたものだった。雪と凍結がひどくなるからです。

  今日は、その当時の不安障害(不安神経症)症例を紹介し、解説をしたいと思います。

  Aさん当時学生(女性)は、CA(キャビンアテンダント)を夢見て頑張っておられた。ある日、彼女は全身倦怠感を感じ、横になって立ち上がると動悸と立ちくらみ、めまいを感じた。これをきっかけに、歩けば浮遊感と動悸、強い不安感、不安発作が連日現れるようになった。
  すでに精神科・心療内科を受診しており、お薬を飲んでも不安発作時にはその効果も限定的であったこと、受診時に測った血圧が160/100mmHg程度が彼女の不安をジャッキする要因となり、医師やその関係者への依存度も強度になった。CAになるためには、健康管理がいっそう厳しくなるため、血圧測定を暇さえあればするようになった。しかし、血圧にとらわれた状態では毎回数値が高くでてしまい、「こんな数値では駄目だ.」、とますます悪循環に陥っていった。


  症例解説としては、

  不安障害(不安神経症)の特徴として、自宅や外出先ではその症状は活発になるケースが多い。しかし、自分が信頼をして求めた医師や関係者の前では激しい症状はでない。まれに起こったとしても大きく症状が発展することは少ない。
  当時、「不安が強くて困っています。」という家族からの電話を何本もとり、実際にその本人と会うとまったく症状もないばかりか、すっかり安心されており笑い話も交えた事例も数多く経験してきた。これは不思議でもなんでもなく、これが不安障害(不安神経症)なのである。

  古閑先生の言葉を借りれば、

   「不安、またあの発作が起こったらどうしようという自分の生命に対する不安があの発作を招来するのである。その発作が悪循環をつくって雪だるま式に大発作にまで発展してゆく、悪循環を形成していくのが、この不安神経症の真の姿である。このことを認識すれば、すくなくとも自分が治してもらおうと頼ってきている医師のもとで、治療を受けているという環境は、不安神経症(心臓神経症)の発作を発展させてゆくには不適当なものであることが判る。悪循環がはじまってこない。循環が断たれているのである。

   神経症の本態とは何か。この場合、心臓の動悸に気づいて、これを生命の危機の兆候として独断してあわてて、この変調そのものを恐れ、不安しているための取り乱した状態である。この事実を自分で、医師の保護・監督の下という、めぐまれた環境において、体験により理解納得することが全治への途であり再発を防ぐ唯一の途なのである。

   神経症の人は恥ずかしい、人から笑われては困ると、精神も内向性に急に傾いてここに心悸亢進(ドキドキ感)を気付く。他人はどうしているか、という外の方に心が向かないのである。このようにして、この心悸亢進の発作に驚き、恐怖してしまえば、この死の恐怖は常にいつも強く記憶されているので、なにか弟1回の発作(違和感)と同様な、或は、似たような環境に立てば、あのような発作が来ないかと不安し、恐怖する。

   この予期恐怖はいよいよ注意を心臓や動悸の方に向けるようになるので、今度は、容易に小さな心悸亢進も発見するようになる。ほとんど動悸といえない位の心悸亢進や不安感でも、この予期恐怖があれば、すぐに感じ取ることができる。性能の非常に優秀なレーダーを持ったと同じ理である。いつ、自分の心悸亢進が来るか...と予期恐怖を持つ人なら、容易にこれを探しだし、これに執着し、発作をだんだん大きく育て上げてゆくことができるのである。」(古閑義之著・心臓神経症より)

 
  例えば耳鳴り。われわれも静かに注意して観察してみれば、聞こえなくはない。どこか背中にかゆみはないか、と探せば、なんだかかゆくなってくるようである。このように、心身の違和感を注意深くレーダーとしてとらえ、恐怖したために違和感がジャッキされて「症状」へと変わる。この状態が継続していくと、完成された「とらわれ」に姿を変え、不安が常住するようになる。昔、幼少のころ、夏の夜に、数人でホタルを見たことがある。そこでホタルを見たひとりが「火の玉だ」といって騒ぎだしたのを覚えている。不安恐怖する心理状態ではこのように、誤って取り乱した状態になる。

  上述の彼女には、このような心のからくりを説明するところから始まったように記憶している。その後、解決してCAとなり活躍されていった。当時、彼女が他愛もない雑談の中で、

   「神経質な自分だからこそ向いている仕事と感じます。取越し苦労はありますが、空気を読む神経質は役立っています。」


  この症例である彼女は、いつからか、不安を追い出そうとする心が無くなっていたように記憶している。症状がこうだとか、治ったとか治らないとか、話題さえでなくなった。これは決して諦めや自暴自棄ではなく、良い意味として「とらわれ」から脱した姿であります。

  上空ではまさに、一瞬一瞬、今が問われる業務。だからなお再発予防にもなっている。一瞬一瞬の上空では、症状を探すとか持ちこたえるとか、病気をしている暇もないといった状態がいっそう心を強化していると感じます。

  とらわれが、どさッと剥がれた症例です。



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by mental-online99 | 2016-10-16 09:37 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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  さて、いつも述べている不安障害(神経症)の「とらわれ」

  今一度 述べると、

   「不安心を自らの意志の力で除外し、不安の無い心の状態を築こうとしたところ、不可能を可能にしようとした結果として、心の葛藤を起こし、心の流動が停滞してしまった状態」。

  皆さんが強い不安感やパニック発作をはじめて経験したときは、「死ぬのではないか」、「精神が壊れて取り返しのつかない精神病になってしまうのではないか」と感じたことでしょう。

  しかし、この不安症状は、神経質傾向の性格であれば誰もが経験する心身の違和感を、前述のように過度に病的異常として認識し、その感情を不利なものとし、心から追い出そうと心を操作した結果として現れた「とらわれ」。

  この先、この不安心を厄介者として捉えるか、実は神経質が役に立っている、コレが自分なんだと認識するのとでは今後の景色も大きく異なってきます。

  昭和初期、森田先生のところで対人恐怖(社会不安障害)の青年が三週間の入院のあとに残した日記があります。青年は次のように森田先生へ残しています。※昔の表現ですからご容赦ください。

   「房州へ来てからどれだけ頭が良くなったか、私には解りません。一カ月半程の入院生活で得たのは、ただ、此の日記一冊に過ぎません。この数日で帰京しますが、私は何物(なにもの)をも得なかったようです。神経質が全快したとは思われませんが、別に悲しくも心配でもありません」


  これに対し森田先生は次のように評している。


   「これが全快です。何物をも得なかったのが大なる賜物であります。もし君が予期した通り、人前で顔が赤くならないようになったならば、それは無恥堕落の人となり終りましょう。もし君がある芸術心を満足したならばそれは玩具の人形のようになったでもありましょう。何物をも得なかったために、君は大なる力を得ました。」(以下省略)


  つまり、緊張して不安になるのが「あなた」。不安に恐怖するのも「あなた」。緊張や不安は本来無くしてはならないもの。それを何も得るものが無かった、というのは取越し苦労はあるけれど自分は自分のままで良かった、、とこの青年は心が抜けていっている様子がうかがえます。

  この森田先生が、「何物をも得なかったために、君は大なる力を得た」というのは非常に奥深いところに触れています。神経症の人たちは、その強い生存欲、完全欲から常に自己防衛をもっておられる。即ち、常時不安な状態であるということ。

  
  これは私から申し上げれば、無くしてはならない。これだけの向上心があるのですから。また、向上心の裏側には必ず不安が存在しますからね。
 

   「何物をも得なかったために、君は大なる力を得た」


  これは、そのビクビクはらはらする心は向上心の賜物であります。変える必要は無いと森田先生が教えて下さったことは、神経症を抱えるひとたちに、ひとつの考え方、希望の光を与えてくれているように思うのです。つまり、あなたの神経質を活かせ、と解釈できます。最後に、昭和初期、これも森田先生がある患者から質問を受けたときに次のようにおっしゃっていました。

   

   「また再発するのではないでしょうか・・」と患者が質問する。

  森田先生は、


   「治ったのではないから再発するはずがない」と答えます。

  治すべきものがなかった、むしろ自己本来の姿に自覚しただけである。と森田先生は諭しているように思います。
  
  又、ある男性が「神経を太くすること」と題して、なかなか面白いことが記されていますのでご紹介したい。


   「私がかつてそうでしたが、神経質な人がよく陥る間違いは、デリケートな感受性が、そのまま自分の弱さに通じるもののように早合点しやすいことです。私が森田博士の指導を受けていました時、『針一本落ちていてもこれを感じ取れるような神経をもっていなければならない』と教えられた。」

  つまり森田先生は、「神経質は天与の賜物であり、これを邪魔にしないでこれと仲良くなれ」と説いておられる。


  まさに神経質礼賛です。




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by mental-online99 | 2016-10-05 22:19 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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  ことわざに、


   「母になることは易しいが、母であることは難しい」


  があります。

  母を父に置き換えても同じことがいえます。


  いくら家族を守ろとも、他人の役に立とうとしても、

  まず何よりも大事にしないとならないのは、自分、己です。

  

  たとえ今、健康に害してても、その中で少しでも健康へともっていく。


   

   「浜までは 海女(あま)も笠着る 時雨(しぐれ)かな」

  
  雨が降って来た、

  これから海深く潜らなくてはならない海女さん、

  どうせ濡れることになるけれども、せめてその直前までは

  濡れないよう、体を気遣う精神。



  そういえば、似たようなことが、石田治部少輔三成の処刑前にもありましたね。

  あの柿の話し。

  

  やはり、この一瞬一瞬こそ、大事なのです。




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by mental-online99 | 2016-10-02 19:40 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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                      ↑ 訪問先 近くで, 「そばの花」



  ある神経症と鬱の男性が


    「将来が不安でどうすればいいか...」と悩んでいます。


  我々は、

    「先々の不安は、先々の不安としてそのままでいい。
必要なのは、今、目の前の必要なことを丁寧に取り組むことが大切です。
その取り組みが将来の自分を作ってくれます。」と答えます。

 
  たとえば、今これから雨が降ってくるのであれば、雨が降ってきたなりの過ごし方があります。
これと同じで、将来も「今、『ここ』をどう生きるか」の積み重ねであります。


  また、この男性は、「自分の人生、恥をかいてはならない」と思ってきたようです。
この完璧主義が、かさねて苦しめる結果のひとつになっているようです。



    「命長ければ恥多し」の諺があります。
  
  私は自分の人生振り返ってみると、もう穴があったら入りたいほどの「恥」だらけです。
かっこいい表現でいえば、この恥こそ私が生きてきた人生そのもの、なのかもしれません。
それだけ真剣勝負ですから一瞬一瞬がとても大切になります。

 
  今、病気であれば、この一瞬一瞬を丁寧に生きる。
むしろ、目の前で起こった現実から逃避するのではなく、事実を受け入れ、この一瞬を誤り無いものとして歩んでいきたいものです。


   「また いつか...」という姿勢では、一生なにもできないかもしれませんから。



  
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by mental-online99 | 2016-10-01 19:55 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。神経症 不安障害・鬱(抑うつ)などを語ります。


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