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一服の茶

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 ↑ 堺市 千利休 屋敷跡。

 今日は、ゆるく千利休の話しを少々。

 秀吉公の時代、京都に上林竹庵(かんばやし ちくあん)という茶人がいました。ある日、秀吉公の側近、天下一の茶人といわれていた千利休を招くことになった時のお話。
 
 茶事当日の竹庵。
 「主」としてお茶をたて利休に差し上げるわけですが、利休への緊張のあまり茶碗をもつ手は震え、茶杓を落とし、茶筅は倒れ、散々足る一席になったようです。その様子を見ていた利休の伴たちは冷笑したと伝わっています。

 しーんと静まる狭い茶室
 主である竹庵が千利休に一席、茶を振る舞う。場の空気を想像しただけでこちらが息をのんでしまいます。手が震えから茶杓を落とし、茶筅は倒れ、散々な振る舞いをしてしまった竹庵。
 ところが、一通りの茶事を終えると利休は竹庵に、「本日の点前は天下一であった。」と言って誉め讃えたといいます。利休の伴の者が、「なぜあのような点前をお誉めになるのですか?」と利休に問いました。すると利休は、

       「竹庵は点前を見せるために私たちを招いたのではない。ただ一服の茶を振舞おうと思って招いたのである。ただ一服の茶をたてようと思って、失敗しても一心に茶をたててくれたではないか。その心に関心したからこそ賞賛したわけである。」、と申されました。

 
 竹庵は失敗しても、ただただ利休たちに美味しい一杯の茶を振る舞いたい...という心が利休に響いたのでしょう。良い恰好を見せるとか、損得感情を超えた一期一会、純なる心です。
 現代に置き換えれば、仕事の失敗など同じような事がありますね。


       「頭を下げて守れるものもあれば、頭を下げる故に守れないものもある。」

 言わずと知れた利休の言葉。晩年、秀吉から堺へ追放された時、あれほど利休を慕って寄り添っていた武士たちは御咎めを恐れ去っていた。追放時、唯一、利休を見送ったのが、細川忠興、古田織部の2名。利休切腹を控え、細川忠興、古田織部も切腹覚悟の利休見送り。
 又、利休がどのような気持ちで最後に「泪」の茶杓(※)を2人に贈ったのでしょうか...。

※天正19年(1591)、切腹を命じられた利休が自ら削り、最期の茶会に用いた茶杓。(徳川美術館蔵)


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                       ↑ 大阪府堺市 千利休 屋敷跡。





不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE


by mental-online99 | 2016-08-20 20:11 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

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