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↑ 「ライラック」の花です。この花を見ると北海道での職場を思い出します。


(今日は思いつくまま、気の向くままに書いていきます、、あしからず)



 神経症も鬱、その他様々な精神疾患で、今も苦悩されている人が多い。


 その神経症等の苦悩とは、次のように表現できる。


 歩いて登った者だけが、山を知り得る。

 それも春夏秋冬、山と「友」に過ごしてこそ、本当の山を知る。

 たった一人で登る山。

 たった一人で、これからどう登り、どうやって下山するのかを決めなくてはならない。

 もちろん使う道具も同様、自らで選び決める。


 まさに孤独である。しかし、


 その孤独は、厳しい山に有るのではなく、

 皮肉にも、むしろ人の多い街にこそ有る。

 身近な対人関係の隙間にある。

 

 今日も明日になれば過去。

 いかに長生きするのでなく、

 いかに充実した日を送るのかが大切にもなる。


 
 さて私の話、、

 振り返れば、私の仕事も 90%以上は失敗と工夫、そして挫折の連続だったように思います。

 わずか、数%、5%未満の成功と感謝の声、外部の協力などがあったからこそ今があるようにも思う。

 決して美化した話でもなければ、大げさでもない。


 よくいろんな人から、なぜこのようなリスクある仕事をされているのか?

 と、聞かれることがありますが、

 むしろ、
 
 なぜ、これをやらなければならないのか、に行き着く。

 
 このような業容であるから、多方面からの不本意な行為、

 圧力、潰しにかかられることもある。

 しかし、


 私たちの存在そのものを世間に問う、ではないですが、

 一人でも我々を必要とする人がいれば、

 私たちもまた、神経症や鬱の皆さんと同様、

 転んでは、、また起き上がり、

 また大きく転んでは、今度はどこまでも大きく転がり落ちる。

 それでも忘れた頃に、必ず這い上がってくる、起き上がる。

 
 このような連続です。

 どうも、人生って100ある傷に1つ増えたところで、大したことはない、、と

 思えるような耐性が私たちに出来つつあるように思います。(笑)




不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE
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by mental-online99 | 2015-04-26 22:12 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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 健康に執着してしまうと、逆に不健康になってしまうこともある。

 私たちの精神エネルギー。
これが建設的に夢や目標など外界に向いていれば良いのですが、神経症の特徴である「病気を気にする」こと、すなわち自分自身へ執拗しすぎると、常時心身の変化にとらわれることになる。

 不安神経症を例に申せば、ある日突然、自分の心身に違和感を感じる。
心臓が突然ドキドキし、脈を計ると速く感じる。焦るとますます脈は速くなる。
職場で「なんか顔色悪くないか?」、などと同僚から云われようものなら、本来健康であるにも関わらず暗示にかかり帰宅する人もいる。
 家に帰れば、守るべき家族がいる。何か重篤な病気になったのでは・・、と云った漠然とした不安が襲うこともある。

 神経症やパニック障がいの人たちの多くは内科系から、精神科 心療内科に紹介されてくる。
ただ、紹介されてくるまでに、症状と云う症状を根こそぎ検査してルールアウトする必要があるのは以前にも述べた通り。身体症状がある場合、該当する科目で全く異常がないと云うことを証明する必要がある。

 そもそも、神経症はその感覚の鋭敏さから、前述のように病気を探してしまう「癖」がある。
からだ全体がアンテナのように常に測定している状態なので、なにか少しでも違和感を感じると反応してしまうのである。
 ご家族も本人に、「今日は調子はどうか?」と聞けば、まず大部分が「今日は調子が良い、なんともない」とは言わない。どこか調子が悪いところを探し、「ん~少し…」具合が悪いと訴えるのが不安神経症の特徴でもある。

 この季節、五月病と云われる人も多い。
心身のどこか調子が悪いと訴える人も多い。ある人は、友人に相談して、不甲斐ない事を言われますます気になる。病院も転々とすれば、これもいつかは心無い医師の言葉から混乱し、ますます心も萎える。

 つまり、神経症の人たちは、一般人より良い意味で向上心、自尊心が高い完全主義者である。
だからこそ不安症状を持つに至った。繊細かつ生存欲も人より強い。このような完成された神経質傾向の人たちが、周りの友人や同僚などに相談をしてもまず理解が困難である。また、期待した応えはまずかえっては来ない。逆に、気にするケースが多い。
 神経症の人たちは言う。、
薬物療法はなんか違うような・・医師の言葉も入ってこない、響いてこない、期待した助言がかえってこないと。
しかし、不安が強い急性期の時期はお薬も大事であるし、お薬と云うお守りを持ち歩くことも必要。

 このお薬をお守り代わりに持っている、と云う事も神経質の良いところ。
万一に備える、と云った用心深さは、仕事や家庭を守ると云ったところでも発揮できる。これらは神経質だからこそ出来る気配りである。改めて神経質礼賛、評価したいところです。

 執拗に病気を探さないこと。そして、家族も毎日のように、「今日はどうか?」と云わない事。
神経症の人は「今日はどうか?」と聞かれて、まず「なんともない、良い」とは言わないことが多いのは前述の通り。
例えて云えば、雨の日には雨が降ってうっとおしい、と云う。晴れの日には光がまぶしくて云々という。このように、何か満足しないような発言が目立つ。つまり、欲が深い。
 これは良い意味で、どこまでも向上心が強く、目指すハードルが極めて高い。だからこそ、不安になりやすいのが、このようなところからでも見て取れる。

 このエネルギーが心身の内向きではなく、外界、つまり本来の夢や目標、仕事に向けば大した人物になる。

・病気になりたくない、長生きしたい
・家族みんなが健康でいたい
・人から評価されたい、偉くなりたい
・お金持ちになりたい、成功したい
・幸せになりたい、勉強したい 結婚したい などなど・・・、

 ざっと書いただけでも神経症等の人たちが持ち合わせる、「生の欲望」はこれだけあります。
しかも、一般人よりも強いのが特徴。この欲望に沿ってどこまでも建設的に、また良い意味でほどよく適当に生きていければ良い。たしかに健康を追及するのは良いこと。だけども、執拗に常にどこか悪いところはないか、と観察していては、健康にとらわれ不健康になるものです。

 なんども云う事ですが、様々な場面で、「まあ、いいいか・・・」
神経症には、これくらい思えるくらいが丁度、帳尻が合って良いのかもしれません。




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by mental-online99 | 2015-04-22 23:10 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

過小評価こそ自分の敵

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  ↑ しだれ桜。 大方の桜はもう葉桜でした。



 さて、自分は神経症だから、精神疾患だから、できないと思ってはならない。その心根こそ、その優しさこそが、多くの不足分を補ってくれるのである。自身の過小評価こそ、自らの敵にもなる。
 また、神経症の人も、パニック障がいの人も、多くが自分を変えたいと云う。不安を感じない、屈強な不動心、動じない人になりたいと云う。


 くどいように申し上げている、不安や緊張、恐怖や憂うつは本来役立っているもの。

不安があるから、健康管理もできる。家族も守れる。

緊張があるから、注意し間違いも少なくなる。対人的にも失礼のないよう接することができる。

憂うつがあるから、楽しい時間が生まれる。幸せを感じることができる。

楽しい時間だけなら、心も躁状態になり、メリハリも無い。情緒もなくなる。



 不安や緊張、恐怖や憂うつを失うと云う事、、、

大げさに申せば、それは神経質の優れた特性である空気を読む力、鋭敏さやキレ、他人への気遣いを喪失し、なんとも愚鈍な失礼極まりない人間になると云う事。

 性格、人間そのものを変えるのではなく、自分を認め、弱気に成り切り、びくびくしながらも不安を受容していく心を堅固にしていきたいものです。むしろ、すでに備わっているその鋭敏さ、優しい心根、気遣いなどはそのままにして。

 

 よくありがちに、「自分を変えよう!」、と書籍や広告等を目にしますが、神経症の人たちは、すでに素晴らしい「心」が備わっている。神経症は本来建設的に心が外界(仕事や目的、夢など)に向くべきところ、自分の心身の変化に心が内向き、一時とらわれている状態にある。したがって、ここを解決すれば、不安があっても、不安が問題にならない心の態度が形成されていく。


 悲観に暮れる時間もある。

しかし、自ら奮闘し病気を解決し、周囲から拍手を浴びるより、自分から多くの人へ、拍手するほうがより心を豊かにし強化されるものです。


 神経症等に陥る人は、もともと向上心が人よりも強い。だからこそ不安に陥りやすいし、緊張、恐怖も激しい。

これらを他人に相談しても分かるはずもないし、より混乱をきたすことも往々にしてあります。人は善意で助言してくれたとしても、期待した応えを得ることは難しいのかもしれない。だからといって、ややこしい自分と否定的に考えるのではなく、この鋭敏な自分だからこそ出来ること、気遣いや心配りが人より優れているからこそ伝えていける、守っていけるものがあると云った、神経質の特性を生かしていくことに目を向けたいところです。



 見る角度、立ち位置を変えれば、逆風も、追い風になる。



 私たちは、不安の中で迷いながら生きている。人生、そんなものかもしれません。


 前進するために、横道に逸れることもある。

 前進するために、笑い者になることもある。

 前進するために、孤独が必要な時期もある。

 前進するために、長期間自分と闘うこともある。


上手くは云えませんが、やはり七転び十起きですね。



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by mental-online99 | 2015-04-12 19:30 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

「うつ」の予防と対処法

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 ↑ 誰かの歌にありましたね、「にりんそう」です。

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 ↑ 雨のノースポール。キク科の花

 
  さて、今日は「鬱, うつ」について考えたいと思います。

  4月になり、新入社員となった人、転勤で住いが変わったご家族、そして出会いと別れ、、、この時期いろんな人間模様があります。そんな中で、慣れない環境や対人関係によって、気分も滅入ってきてしまうことはよくありますよね。
 

  私たちは生きていく中で、何度も凹み、落ち込み、悲しみを繰り返します。残念ながら、これらの苦しみ悲しみから逃れることはできません。この時、苦しみや悲しみを感じたときに「こんな自分ではだめだ、しっかりしろ!」と自分に鞭打って、襲ってくる憂うつ感情に対して追い払おうと否定的になることがあります。

  少々重いですが、たとえば、身内の不幸などがあった場合、
「家族が亡くなったのは私の責任だ、あの時の苦しみをどうして気付いてあげなかったのだろう、私はダメな人間だ・・・」、、、と云った感情。

  この感情は、家族を亡くして十分悲しいのに、加えて自分の事まで否定的になっています。これでは二重に苦しむ結果となります。この否定的感情に気付けないのが、うつの特徴。
  

辛いときは、辛いままに、悲しいときは、悲しいままに、感情を否定したり抑制しないことが大切。
決して、”傷ついたときと同じ状況”に戻らないことが重要な鍵となります。


  ではこの不安苦痛、悲しみから早期に立ち直るにはどうすればいいか。ざっとまとめておきましょう。

1.太陽の光を浴びる。日光浴をする、(基本中の基本です)
2、苦痛や悲しみが有ることは、ごく人間らしい反応として否定しないこと。人間として当然の反応と認めること。
3.悲しみ等、ころころ変わる様々な感情を持つ自分を許すこと。これも人間として当然のこと。
4.人間らしい自然な感情を外に出すこと。人に話したり、泣いたり、自分を抑え込まないで外に出すこと。
5.辛いときは、自分で抱え込まず、友人や家族など人を頼ることも大切。
6.ある一定時期が来れば、前進するための問題解決に取り組むこと。
7.「〇〇でなければならない、〇〇であるべき」、と云った「べき主義」の思考を減らしていくこと。
8.ストレス性うつ、など「来たな」と思ったら、早めに散歩など外に出ること、運動すること。


  一方で、このうつ、不安や悲しみにも、いわゆる前述にある普通の反応とは異なった「病的」な反応があります。次のような場合は、無理せずに医療機関に相談することです。

1.楽しさや喜びがまったく感じられないほど絶望感が強い。無気力が続く。
2.2週間以上、仕事ができない。体がついてこない。
3.自殺願望が強い。
4.眠れない。食欲が無い、体重も減少してくる。
5.落ち込む理由もない、原因がないのに鬱状態がひどい。

  また、うつのときに周囲のご家族が本人を「元気づける」、と云った場面を目にしますが、これは全く救いにならない。むしろご本人は、より苦痛に感じるのが一般的であります。「辛いと思うな、気の持ちようだ、しっかりしろ、情けない、薬なんか飲むな、」、と云うのは論外であります。


  以上のように私たちは、不安になることもあれば、悲しむこともある。また、家族にでさえも時に憎んだり、不本意なことを考えてしまったりと、感情や欲求、不安は操作ができません。それが人間の感情です。感情は天気のようにコロコロ変わって当然なのです。したがって、感情や欲求がいろいろな形で「あっても良い」ことを認めることがうつの予防になってきます。

 感情や欲求、不安と云うのはごく人間らしい反応。
こんな感情あってはならない、こんなことを考えてはダメだ、などと否定せず、こころは流動変化していくものと知り分けることが大切です。


  「最も深くかがむ者が、最も高くジャンプができる」

  うつにしろ、神経症にしろ、どんな疾患であれ、
じっと身をかがめて力を蓄えなくてはならない時期って云うのは、多くの人が経験するもの。
はたから見れば、「なんだ、病気か」と上から目線で見られるかもしれない。
でも、このような草の根を食うような経験あってこそ、後々「人間の深み」も増す。

  じっと身をかがめる時間は、いわゆる修正の時間であり、心の財産を作る時間。

   思えば、「辛」も「幸」も横棒一線の違い。修正の範囲内である。
 

うつ病や統合失調症・アルコール依存症・薬物依存症専門の病院施設搬送は, メンタルヘルスONLINE
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by mental-online99 | 2015-04-10 20:12 | うつ病 | Comments(0)
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↑ 晴天の桜も良いですが、雨の中、控えめに咲く花々もまた良いものです。



 神経症(不安障害)の人たちの弱点のひとつに、「まぁいいか・・」が無い。


 往々にして、0か100か、白か黒かになってしまいがち。人生のさまざまな局面で、「はっきりしろよ」となってしまい、中途半端(グレー)を嫌う傾向になります。それはそれとして良い事もありますが、たとえば観光旅行で云えば、見どころをすべて盛り込むのではなく、あえてまた今度に・・と数か所残して帰るくらいの余裕がほしいところ。


 さて、神経症は一つの「ごく人間らしいあらわれ」として私たちは理解します。神経症(不安障害)の人たちは、いろんな不安症状を心内に持つ。しかし、その不安は性格、意識性、完璧主義、生存欲の強度により現れたことから、その心の裏側に感受する葛藤、症状と云えば症状であることはくどい位に述べている通りであります。



 したがって、不安は良いとか悪いとか以前のことであって、不安が有るから良いと云える。しかし、神経症の人たちはそれがあるが故に、苦悩し、困惑し、恐怖に陥り、とらわれ、寝込んでしまって本来自由であるべき意識の流れが停滞を起こしているに過ぎない。


 すなわち、「不安が有るから役立っている」、と云うことと、「不安はあっては困る」、と云うこの大きな溝をどうやって神経症の人たちに飛び越えさせるか・・、と云うことであります。



 今は、不安症状も大いに活発で、それどころではない、と感じている人も多い。

しかし、これらを理解してくると、やがては不安が顔をだしても徐々に他人ごとになってくる。対岸の不安、他人ごとなので、不安を相手にしない心の態度に変化してくる。

 不安があった、なかったが問題とならない心の態度が発現してくる。その時、症状があったから悲しいとか、無かったから嬉しいと云った感じさえ起らなくなることを私たちは知っている。



 不安を度外視して、本来の「生存欲」に気付き、ここまで苦しんだにも関わらず、不本意な行動を起こすことも無く、只々まっすぐに生きてきた自分を評価してあげることです。そしてもっと今後の自分を信じてあげることが大切です。



 なぜなら、表面で苦しんだ自分の裏側には、あーでもない、こーでもないと葛藤し、

陰で支えたもうひとりの自分がいるはずですから。


 より良く生きたい、評価されたい向上したい、健康でいたいからこそ、悩み苦しみ、葛藤を起こし心が停滞を起こすに至った。人生どうでもよければ、神経症にはならない。


 このように人は努力し、向上を求めるからこそ、迷い悩み心も停滞を起こしがちになる。

不安にもなれば鬱々しくもなる。これは至極当然の事であります。

大切なのは、今起こっている上記の事実を認め、そこからどう立ち上がるかです。



 生存欲、向上心が強ければ強いほど、対局して不安に陥りやすい事を今一度知り分けることが大事。


 まるで暗闇の中で一人煩悶して過ごすより、自分自身と云う温かな「灯り」、を見つめ歩んでいく時間も必要です。


 

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by mental-online99 | 2015-04-07 19:56 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

不安感と取越し苦労

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  ↑ 桜色の絨毯。桜は散る時もまた、人を魅了させます。

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 ↑ 春夏秋冬、四季折々ある日本。四季、海に囲まれ、山また有り。
円安もあり・・外国人観光客が多いようですね。


 さて、神経症(不安障害)。

 何かをしようとするとき、或は先々を考えたとき、ふと不安が強くなる。時に、それが身体症状に現れてくることもあります。職場や学校では、人から嫌われてはいないか、笑われはしないか、と気にもなる。特に重要な仕事などの場合、よりいっそう予期不安も強くなる。遊びに行くときも、無事に行けるだろうか、皆を楽しませてかえってこれるだろうか、、とアレコレごちゃごちゃと頭をよぎる。

 
 このように神経質は取越し苦労がつきない。しかし、この取越し苦労や予期不安があるからこそ、自らの心を引き締めてくれる。

 用心深く、そして準備周到、人の気付かないところまでも気が回り、空気を読む力も長けている。取り越し苦労、予期不安のおかげで、病気の早期発見もでき、失敗も少なくなる、予めの段取りにも心が向かう。


 まさに神経質礼賛。
前述のように、これらに気付けないと、いつまで経っても不安症状に「とらわれ」て漠然と長引かせてしまう。
 
 この不安感や取越し苦労と云うのは、むしろ役に立っていると理解し、本来の夢や希望、目的に気付き、そこに心が抜けていけば見えてくる景色も違ってくるものです。



 鋭敏なあなただからこそ、出来る事がある。

 伝えていける言葉がある。


 自分を変えたいと思うと云うことは、向上心の現れであり、

 努力の真っ最中だからこそ、心も迷い停滞を起こす。


 しかし、神経症の人たちは不安があっては困ると言う。



 神経質な取越し苦労や不安感は排除してはならない。

 不安はあっても良い、むしろ、武器にして生かしていく位の気持ちになれれば上等。


 そして、

 今ある事実を認め、本来持ち合わせている欲求や願望に突っ走っていく。

 健康でいたい、より良く生きたい、仕事で認められたい、幸せになりたい、、と云う本来の自分に気付き、

 一目散に駆け抜けていくことが大切です。



 「自然に服従し、境遇に従順なれ」。

 あるがままに生きる。今に生きる、と云うことですね。



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by mental-online99 | 2015-04-06 19:44 | 不安障害・パニック障害 | Comments(3)

私が私でよかった

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 ↑ 昨日、桜のトンネル。

 さて、神経症に悩む人が多い。
 自分の臆病さに悲観する人も大勢おられる。しかし、自分はとんでもない病気に罹ったのではないか、と不安になれば自分自身の事はもちろん、周囲の事も考えれば苦痛も二倍になります。ある程度、勢いで突っ走て来た自分にある日突然襲う、「不安症状、心身症状」。

 何度も述べている通り、神経質人ならだれもが通る人生の関所、それが「不安症状」。この不安は本来役立っているもの。しかし、精神も成長してくると、先々の事も考え不安がやたらとうるさくなってくるもの。不安にとらわれれば、当然心身の調子もおかしくなってくる。すると、ますますとらわれも深みにはまっていく。交感神経も亢進しやすくなる。

 神経質特有の、慎重さ。
この慎重さ、空気を読む鋭敏さ、人を気遣う心根の優しさ、など本来これらは生かされておかねばならない。だけども神経症をやっている一時期だけは、マイナスに向いてしまう。しかしこれは止むを得ないこと。あの人はイキイキと活動している、など他人と比べては凹み悩む。だけどもその謙虚さが良い。

 人を見て羨み、あのように成りたい、と思える心。すなわち人間が成長しているからこそ感じる、「欲望」であります。この欲望無しに人間的成長はありません。
 
 慎重になってくると、いつしか「本来自分がやりたかった事」よりも、「他人が自分をどう見ているのか・・」、と周囲の目ばかり気にした守りの行動になってきます。こうなってくると、本末転倒。いわゆる、世間体や肩書、親、近所や同僚先輩の目を気にした行動になってくる。云い方を変えれば、リスクを取れない自分こそリスクになる。そこには本来の自分は居ない訳ですから、今一度見直したいものです。

 上手くは言えませんが、会社やお金、住居や車、持ち物は所詮、人生(生命)の枝葉に過ぎない。かざりです。大切なのは、成否ではなく、果敢に挑戦した生きざまだと私は感じております。それは、治そうとする、神経症等を解決させようと必死に奮闘するその御姿そのものであります。長い人生、迷い苦しみ病気になることもあるでしょう、むしろ無い人のほうが人生問題です。「私は病気ひとつなったことは無い」と自慢している人のほうが問題、と経験上述べることができるのです。

 神経症症状、鬱症状等によって他人より遅れをとってしまった、など考えるに及ばず。大げさな慰めではなく、苦痛を伴ったからこそ得るもの、病気になったからこそ気づいたものなど、後々になって「あの経験があったからこそ今の私がある。」と云える日が来ると私は思います。

 「私が私でよかった」、と。思える日が必ずやってきます。
お世辞や慰めではないですよ。念のため。




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by mental-online99 | 2015-04-04 16:59 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

小我の「はからい」

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 ↑ すずらん?と思いきや、「スノードロップ」。

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↑ これも「スノードロップ」。小さい花で見落としてしまいそうでした。

 (不安神経症へのBlogご要望が多い為、最近は神経症をテーマとした内容となっております。その他のテーマにつきましては、近い機会にUpしていきたいと思います。)

 今は亡き恩師、鈴木知準博士は神経症の人たちの来訪時を以下のように述べている。

「神経質(神経症)は大体一人で訪れるのが一般的である。来訪するきっかけは、1、書籍を読んだもの、2.病院の医師に勧められて来るもの、3.家族に勧められて来たもの、等である。また、家族と一緒に来た場合は、家族に連れてこられたのか、或は家族に理解してもらうために連れてきたのかを必ず正確にたしかめる。神経質人は入院治療の場合など、家族に同意を受けるために連れてくる場合が多い。一番はじめの来訪のいろいろの事情は後の治療方針をきめる場合に極めて役立つ。」

 また、当時恩師は、「症状についていろいろ質問があるが、はじめの3.4回は答えているけれども、いつまでも同じ不安症状を訴えている場合には、質問を不問にして答えず、不安症状を訴えないで、今、今と目の前の行動(作業)の中に入り切らすように助言する。」、とあります。

 この不問については、神経症ならではのやり方である。
神経症の疑問、質問はいくらでも出てくる。しかし、言葉の仲介をもってそれを知らしめることは極めて困難である。一対一で、向き合い触れ合い、百聞は一行動にしかず、ではないですが、リンゴを食べたことの無い人に言葉をもってその味を知らしめるのは困難であるのと同様である。

 さて、この不安神経症・・。
不安症状が顔を出せば、胸が圧迫され重苦しいような感じにもなる。この不快感を取り払おうと、不安と戦うことになる。参戦した結果として、不安と云う横綱には勝てるはずもない。戦っている間に今度は、心臓や胃腸、頭部や呼吸器系など、様々な身体症状が出る人も多い。

 何か重大な病気が隠れているのではないか・・、と頭をよぎると完璧主義な神経症の人たちは、終わりなき病院めぐりが始まる。心電図を取ると不安と交感神経が亢進しているので洞性頻脈や期外収縮がでる程度。血圧を取ればこれも同じく、当然ではあるがけっこう高めに出てしまう。家に戻ると、先ほどの医師は見落としているのではないか、問診時に先生に言い忘れたことがある・・・、など安心も束の間、再び思想の遊戯をもって、不安症状が顔を出してくる。再び病院に行く、或は、医師に架電をするようになる。なにやら心配だから、今度は違うもっと大きな病院へ行ってみよう。

・・・・。

 不安神経症やパニック障がいの日常を数行で書くとこのような経験をされている。結果として様々検査をするのだけれど、大きな異常は見当たらないと医師から言われて帰ってくる。しかし、自分はこんなに苦しいのだからと、家族に訴え同情を求め、病院めぐりとなる。

 不安神経症の特徴として、不安症状が強さを増してくると、元々の幼児性も大きくなる。つまり、家族に症状を説明するのだけれども、自分が求めた返答や対応が返ってこなかった事に不満を感じ、「これだけ自分は苦しいのだ」と云うことを、今度は態度をもって理解してもらおうとする。それは寝込むことや、学校や会社を休むことにもつながる。すると、自己暗示にかかり本当にそうのようになってしまう事もある。ここまで来るとますます家族と自分との溝が深まってくる。

 完璧主義のあまり、気分も日々スッキリでいたいと奮闘する。まれに体験する快晴のような気分を標準にすると毎日が鬱々しくなる。また、ここでスッキリさせようと心を操作すると、小我の「はからい」となり、悪循環のスパイラルに陥ってしまう。気分が曇れば曇ったまま、雨であれば雨のまま、その日その日をあるがままに、自己の夢や欲望にそって建設的に行動することが大切。一旦、寝込む癖が付いてしまうと、まるでお爺さんお婆さんのような生活になってしまい、そこから脱出するのは容易ではなくなる。むしろ、そうなると家庭内の問題へと発展する。

 また、不安による病院めぐりや、救急外来、或は電話質問等は、複数の関係者とことばを交わすため、いつかは不本意な対応をされる可能性が高まります。つまり、安心を求めに行った事と反対の結果、より不安になってしまった、と云うことになりかねません。このようなババ抜き状態にならないためにも、これも改めて心がけていきたいものです。

 


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by mental-online99 | 2015-04-01 20:07 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。神経症 不安障害・鬱(抑うつ)などを語ります。


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