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不安と鬱

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 帰省ラッシュのピークですね。

来年こそ平穏な一年になりますように。


 さて、不安と鬱について、年末大晦日に書いておこうと思います。

おもいつくままに書いていくので、駄文長文はご容赦願いたいと思います。


 不安とうつ。うつ病の人達を見ていると、経済的にも身体的にも健康であっても、自己の生きがいと目標が定まっていないと、ちょっとしたストレスが不安と鬱を誘因する。その昔、お歴々から聞いた話では、戦時中「うつ病」は現代の世の中ほど多くはなかったようだ。勿論、戦時中であるから、物資食糧難、そして周辺の人たちも戦争が原因で死に追いやられる時代である。


 現代と何が異なっているのか、、、。

考えるに、心理的孤独が大きい。戦時中から昭和の時代と云うのは、隣近所の協力や何かしらの、「助け合い、お付き合い」と云うものがあったように思う。実際、私も幼いころに隣近所の人たちから叱られもしたし、遊んでもらえた記憶がある。毎日のように、近所からお声がけを戴き、立ち話をする親の背中をみて育ってきたようにも思う。また、ネットやスマホなどの利便性が皮肉にも一層、心理的孤独に追いやる。


 

 「孤独」と、「生きがい」。

孤独。私が云うのは、心理的孤独である。いくら近所付き合いがあったとしても仮面をかぶった付き合いであれば心も開けない。これは家族とて同じこと。とは云っても、孤独がいけないと云うわけではない。時に、孤独な時間も必要であります。自身の成長過程において、誰しもが鬱と不安は経験する。この鬱と不安を何度も乗り越えて、ひとまわりも、二回りも大きくなっていく。しかし、一人だけの孤独よりも二人でいるのに、或は、家族でいるのに孤独と云うのは、冒頭の心理的孤独になってしまう。一人の孤独は時に人生に必要であるが、二人以上の孤独になると心身にも支障が出る場合がある。


 一方、「生きがい」とは、家族の都合ではなく、自分の建設的な「目標」である。

時に、自分の生きがいを探さなくてはいけない時期もあるだろうが、多くのこころの病を抱える人を見ると、富裕層と云われる人たちにこそ「鬱」が多い。これは、確かに経済的には困らないのであろうが、親の希望する人生と、自分が送りたいとする人生にすり替えて考える、或は自発的に考えることが困難なことから、自然と病も発現しやすくなると考える。


 今日、私はTV番組を見ていて思ったことに、「頑張れば、努力すれば必ず思いは叶う、出来る」と云った言葉が連呼されていたことに疑問も感じた。と云うのも、誰もが「努力すれば出来る」、と云った啓蒙書やTVは、ある意味、実際に頑張っている人たちからすれば、「自分はなぜ出来ないのか・・」と云った自責の念が出やすくもなる。


 プロのスポーツ選手などを例にとれば、生まれもった身体能力は勿論ですが、様々な外部環境も相まっての「成功」と云うこともある。誤解を恐れず申せば、これらを満たせていない人たちが、いくら頑張ったところでプロのスポーツ選手にはなれない。つまり、自分の土俵、間合いを自覚することにある。これは仕事や普通の生活にも言えることであります。この土俵、自己の間合いを知り得ていないと、取り越し苦労、ひいては自責の念が重なり鬱の基盤が形成され易くなるので注意を要する。 「頑張れば出来る!」と云った言葉に流されぬよう、ここは慎重に考えたいものです。


一方、病的なうつ病は別として、不安と鬱は、人生につきもの。

ひどく落胆し、数か月がたって多少の心の傷は残っていても、なんとか日常生活をしている、、。そしてさらに数か月が経って、また少し元気になっている。考えてもみれば、我々の人生とはこのような連続ではなかろうか。これを自覚しないで、ひどい病気だと云って、まさに病気にとらわれるほうが、病気になってしまう場合もある。


 「不安なままに生きる。不安なままに会社に行く。不安なままに、あるがままに生きていく。」


 不安と鬱にとらわれるのではなく、不安と鬱で成長している、こころの裏側にもぜひ目を向けて戴きたいところであります。



今年最後に、


 唯見れば

 何の苦もなき水鳥も

 足にひまなき

 変化と知らずや


 川や池に浮かんでいる水鳥をただ見れば、何の苦も無く浮かんでいるように見えるが、面下の足は絶えず動いていて、バランスを保っている。人間も同様であって、悠然と、何の不安も苦悩もないように構えている人でも、その心の中では苦悩は尽きず、不安や心配が全くない人はまれである、と云う意味です。

 



 皆さまにとって2015年が良い年になりますように。





不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE
http://www.mental-online.co.jp/care.html


◆以下URLにて、皆さまのご感想・ご意見・ご要望などをお待ちしております。

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by mental-online99 | 2014-12-31 17:13 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

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 夕暮れの武州、遠方にみえるのは富士山であります。約100Kmは離れているでしょうか。

冬だからこそ観れる、季節限定の「絵」であります。


 さて、今年もあと数日になりました。振り返れば、此れこそ一目散に駆け抜けた1年でありました。

ここで、改めて以前に書き起こした記事を再投稿しておきたいと思います。



 「泳げるようになったらプールに入ろう」


 これではいつになっても泳ぐことは出来ない。不安ながらも水に入り試行錯誤しながら、やがて泳げるようになっていくもの。しかし、現在の傾向としてこの「泳げるようになったらプールに入ろう」とする考えが多いように思う。何事も知的に解釈するのではなく、自らの殻を破って実際に行動を起こしてこそ、その技法なりが血肉になっていくのであります。


 不安神経症や鬱を例にとって話してみたい。

電車に乗ろうとする気になれば乗ってみよう、やる気になればやってみよう、、これでは不安本位な生活になってしまう。私たちが成さねばならぬことは、この徹底して不安を受容した行動本位にあります。不安があっても必要ならビクビクハラハラでも電車に乗らなくてはならない。この繰り返しなくては心の解決にはつながっていかない。


 これらの行動本位すなわち、不安に入り込み、不安と一体化となった時、不安症状を感じるのであるが、不安は不安でそれだけ、心臓がおどるならバクバクだけ、となってしまうところに心が至って行く。次に不安があっても反対しない、気分が落ちていてもそれに反対しない心がゆっくりではあるが形成されてくる。恩師、鈴木知準博士はこの心の状態を、「現在に成り切る、その不安の現在になってしまうこと」、と説明している。


 また一方で、神経質は我が国において時にマイナスなイメージがあるのですが、私はまったく逆なる意見を持つ。これは、大げさに云えば神経質な「素質」がこれまで日本を先進国に導いてきた。小さく云えば神経質だからこそ対人的にも気を配れて、おもてなしは勿論、自分の健康管理、ひいては仕事も細部まで徹底した管理ができるのであります。

 従って、神経質であることをむしろ誇りに思わなければならない。言い換えれば、まるで忍者のように鋭敏な感性を持って生まれたことを武器に、神経質を「生かす」生き方、働き方をして大いに人々の役に立っていただきたいと切に願うばかりです。


 不安神経症や神経症うつの解決には、まず前述のように「神経質=弱さ」ではなく、神経質でよかったと自らが思えるところからすべてが始まると云っても良いと思う。神経質で良かったと思えた時、不安を受容する心の態度に心が至り得る。これは神経質に反対しないことにより、不安があっても問題とならない心的態度の図式が徐々に形成されていくと考えられます。


 なぜなら、神経症の人たちは元来、人より完全欲、生存欲、他様々な欲望が極めて強いあまり、その心の裏側では常に不安心を敏感に感じやすい性質があるからです。これを認める受容すると云うことは、「不安心はあって当然である」と云うことにつながる。


 現在、なぜこれほどまでに苦しく辛いのか?不安感が強いのか?

大切なのはお薬でもない、医師でもない、そして我々でもない。

症状をもつに至った人たちに必要なのは、自らが起こしている心のからくり、その本態を知り分けること。ここからが本当の心の解決に向けたスタートであると私は感じます。ぜひ、もっと自分を信じてあげてみてください。


 以前、ある大学病院の医師が言行録の中に「神経を太くすること」と題して、なかなか面白いことが記されていますのでご紹介したい。


 『私がかつてそうでしたが、神経質な人がよく陥る間違いは、デリケートな感受性が、そのまま自分の弱さに通じるもののように早合点しやすいことです。私が森田博士の指導を受けていました時、「針一本落ちていてもこれを感じ取れるような神経をもっていなければならない」と教えられた』つまりこの医師は、「神経質は天与の賜物であり、これを邪魔にしないでこれと仲良くなれ」、と説いておられる。


 また、平成の現代の我々も説く。

「心は庭と同じ。手入れを怠ればすぐに雑草が生える。これを言葉で云えば数秒だが、やるのは毎日」。平成のこのストレス社会、心の洗濯も意識的にしていかないといけない時代なのですね。


 




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by mental-online99 | 2014-12-26 00:02 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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  寒波がきている今日の富士山。関東南部は冬晴れです。


 

 さて、不安神経症、パニック障害であれば、病気を気にすると云った自らの弱さを認めることから解決(克服)は始まるのかも知れません。弱さ、と云うのは決して諦めや悲観的なものではなく、自覚を意味します。

第一に、症状を起こしている「心のからくりを知ること」

第二に、自身の性格傾向、己を知ること。自覚であります。冒頭の弱さを認めるがここに入ります。

第三以降は割愛しますが、最終的には心身への関心を、いかに外に向け不安と戦わない心、不安症状は探せば有るのだけれども、それがまったく問題とならない心をどうやって発現させるのかです。


 

 不安神経症やパニック障害、何故あのような強い不安症状が起きるのか、、。

もちろん、セロトニン云々の説明も必要でありますが、もっとシンプルに考えてみると、誰もが感じる心身の違和感などを自分だけが重篤な病気にかかっているのではないか、、と毎回思い恐怖に陥ってしまう状態。この心身の違和感は、一般の人たちは気にもとめず通りすぎる違和感であります。


 不安症状とは、周囲の人以上に、強烈な願望や生存欲を持っていなければ、この不安症状は現れない。いつも云うように、偉くなりたい、仕事がしたい、人から認められたい、長生きしたい、幸せになりたい、、、などその願望は1つではなく多く持ち合わせているのが一般的です。だからこそ、心の裏側で自分に不利な状態があると常に不安に陥りやすい。これは欲望と不安の強さは比例していることもあります。


 要は、「こころの葛藤状態、とらわれの身」であります。

 

 とらわれの身、例えて申せば杭に繋がれたロバ状態でしょうか。ロバが苦痛のあまり逃げようとすればする程、杭にヒモがからまり、ついには動くことも出来なくなると云った、少々ひねった例えです。本来ならば、自分を解放し、もっと夢や願望にまい進していかなくてはならないはずが、病気を気にするあまり立ち止まり、ゴチャゴチャと心のやり繰りをしてしまう。恐怖が恐怖を呼び、いわゆる自律神経は乱れ交感神経は亢進し、不安症状と戦い尽くしたあげく寝込んでしまう人も散見されます。


 冒頭で申し上げた、「弱さを認める」。

ことばで云うのは簡単でありますが、どうも多くの神経質の人たちと話していると、「自分はそんな弱くはない」と云う意識をいくつも持っておられるように感じます。それはそれとして良いのですが、弱さを再発見し自覚することも必要です。


 たとえば、対人恐怖症の人たちを例にとれば、人前で赤面恐怖になり顔がこわばり、思うように話せないと訴える。つまり、人前では緊張してはならない、司会者のように堂々としなくてはならぬ、「かくあらねばならぬ」、と云った弱さに成り切れていない不安に反対した人が多いように感じます。不安神経症やパニック障害の人たちも同じで、「不安と感じてはならぬ」、「堂々としなくてはならぬ」、と云った鼓舞している様子が伺いしれます。


 寒さになり切れば寒いだけ。

不安になり切れば、不安なだけ。不安の後が続かない。


 ここで、寒いにも関わらず、寒いと思ってはならぬ、と心で戦えば、あらぬ雑念で苦しくなります。不安であればその不安を追い出そうとせず、その不安になり切ってしまう。不安と一体化し、不安症状を受け入れたとき、不安症状が問題とならない心の態度があらわれてくるものです。不安症状がでてきた場合、逃げて寝込んでしまっては、これらの心の態度は形成されない。不安症状の中に入っていく、困った困ったと云いながらも、その必要事に入っていくごとに心は強化されていくと思います。


    弱さを知る。


 石橋を叩くどころか、精密検査をクリアしてから渡るくらいに気を張っている神経質な性格。この神経質を恥や世間体が悪いなどとおもうのではなく、むしろその性格傾向を武器にして社会でご活躍頂きたいと一途に願うばかりです。私どもの恩師お歴々は、完成された神経質、と云って医師としてご活躍された。決して過少評価するのではなく、病気を気にするそのエネルギーや慎重さが有るからこそ、、と云った自分に気付くことが出来れば見える世界もまた違ってくるように感じます。



関東方面はインフルエンザが流行しています。体調管理にはくれぐれもお気をつけください。


 皆さん、良い週末を。




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by mental-online99 | 2014-12-13 21:59 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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秋から冬へ。

一雨ごとに、秋の彩から冬へと変わっていきます。


 さて、神経症の人たちのこころも春夏秋冬、天候があります。

今日は調子がいいぞ、よしこの調子だ!、、と思っていた数時間後には、真冬のような状態があったりと、、。また、神経症やパニック障がいの人たちは、自分を暗い性格と勘違いされている人も多いですが、それは少々異なると思います。それは皆さんの症状が出ているエネルギーを振り返れば理解ができます。明るく、とてもユーモアなんだけれども、神経質な性格ゆえ、慎重で人から嫌われないか、空気が悪くならないか、、、などごちゃごちゃ考えすぎるから、それらが発揮できないだけであります。だから、本当にこころ許せる人が現れれば、とてもユーモア溢れる人が多いのです。


 このように決して自らを過小評価されずに、存分に、症状は’’あるがまま’’に放置して邁進していかれてください。症状に「とらわれて」しまっては、症状の思うツボになります。症状を放置して知らん顔してれば、症状も頭を下げて、次へと行ってしまいますから、、。


 ビクビクはらはらして生きているからこそ、病気の早期発見、早期治療もできる。

ビクビクはらはらして生きているからこそ、心配りもできる。おもてなしもできる。


 不安神経症やパニック障がいの症状なら、あらぬ病気を気にして、その症状を作り出す、「癖」。それを「オオカミが出た!」と、何度も唱えることに家族を巻き込んではいけない。自らそれを忍受し、そのオオカミが出たとする「結果」をご自分で発症当初を振り返ってみることが大切であります。つまり、オオカミが出た!と云われた側の村人に自分がなる、と云うことです。


 改めて申し上げれば、神経症の人たちの性格は優れている。

病気を気にすると云った、鳥越苦労はあるものの神経質性格がなければ、人生失敗だらけになります。


 もっとご自分を信じてあげてください。


PS、T様、本日、こころ温まるメッセージありがとうございました。この場をお借りし御礼申し上げます。






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by mental-online99 | 2014-12-04 16:56 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。神経症 不安障害・鬱(抑うつ)などを語ります。


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