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題名に、少々大げさではありますが、「患者搬送現場から看た」としました。
しかし、これは強制入院、その患者搬送現場や退院後の臨床カウンセリングの場で多くの罹患された人たちと、真正面から向き合ってきた我々からすると決して大げさではなく、むしろ罹患者たちの繊細な心が垣間見れるように思う。

 これら薬物依存症やアルコール依存症に関し、情報を書店などで購入しても、多くは「依存症とはこのような病気」、「家族はどうすればいいのか」、の内容が多い。いわゆる、家族側からの目線で書かれております。肝心な、罹患者がなぜ薬物やアルコールに手を出したのか、なぜ出さなくてはならなかったのか。この部分が書かれているものがきわめて少ない。どうもぼやけてしまっている。

 以下は、私のいわゆる患者病院搬送を経験した現場、及び罹患者退院後の臨床カウンセリングで経験した現場を基に記述しておきたい。決して依存症を美化して書いているものではないことを最初に申し上げておきます。

 「なんで薬物なんかやったの? なに考えてんの、死んじゃうよ」
これはその昔、救急搬送である医療機関に到着。その直後、診察室でDr.から患者へ最初の言葉であった。我々は後方で控えていた。

 なんで薬物をやったのか、、。この言葉を私の説で申し述べたい。(所謂、反社会的事象は除外する)

 薬物依存症、アルコール依存症、その罹患者たちの多くは、薬物・アルコールに手を出すまでに相当の苦痛や悩み、トラウマ、何らかの病的精神症状を伴っている場合が多い。その時間、期間というものは家族でさえ気付かない、と云うか罹患者たちが気を使い家族に気付かせない、と云うほうが適切だろうか。

 ある罹患者は、仕事や対人関係で苦痛を伴い、強い「うつ状態」に陥り、本来であれば自殺していたところを、この薬物、あるいはアルコールに手を出すことにより、今日までなんとか生き延びてきた。つまり、罹患者の苦痛や悩みを解決しようと悪戦苦闘し、一方で自分の家庭内でのプライドを守るために、行き着くところ薬物やアルコールになったとも考えることができる。

 また、私に次のように答えてくれた罹患者もいた。
薬物やアルコールを入れることにより、「怒り」を止めることができた。家庭内で暴力を止めるためにも薬物を入れる必要があった、と。このように薬物やアルコールにはいみじくも怒りや興奮を劇的に抑制してくれる作用をも持つ。

 しかし一度、依存症にまで進行したものは、「辞める宣言」など掛け声だけで絶つことは困難であることを私たちは業務経験上知っている。その多くは、不眠症状やうつ症状を訴える罹患者が多い。また、周囲から慕われている、いわゆる人に対して弱気な自分が出せない立場の人、相談する相手がいない人は、自分でその苦痛を解決する方法、手段を模索し悪戦苦闘した結果、行き着くところがココであった、と説明してくれた人たちもいる。

 一旦、「うつ症状」が発現すると、薬物やアルコールを入れることにより気分は↑に行く。しかし、薬物やアルコールはたちまち切れてくるので、再び「うつ症状」が発現し、気分は↓に行く。この「↓」、と云うのは罹患者が前回経験した「↓」よりも、一層強い「↓」が"毎回"のように生じてくる。
 すると、再度、前回以上の薬物やアルコールを入れることになる。これが繰り返し繰り返しになり、こんどは「耐性」ができてくる。つまり、これまでの一定の薬物やアルコールでは効かなくなってくるのが「耐性」です。

 耐性が形成するころには、身体依存が生じる。いわゆる、薬物やアルコールが切れると、今度は耐えがたい苦痛が生じ、特有の離脱症状が発現するようになる。一方で、ここまでくると内科的疾患や呼吸器系、神経疾患も併発している可能性も否定できない。

 これらを解決するには、先述のように掛け声だけでは困難である。また、自宅環境でも困難である。
厳しいようですが、ここから先は毅然とした家族の対応が求められます。依存症を起こしてきた環境と切り離した治療が必要となります。

 依存症にまで陥った罹患者を助けることができるのは、法的にも配偶者、または親御様、ご兄弟などのお身内でしかない。たとえ、罹患者本人が、治療を要する状態にありながらも入院を拒んだ、あるいは日常生活に支障をきたしているとすれば、罹患者ではなく配偶者や親御様たちの権限で強制入院をせしめていく方法をとらざるを得ない場合もあります。
 あとあと、恨まれはしないか?というリスクよりも、治療介入が遅れて罹患者の病状が進行するリスクのほうが、リスクとも考えられます。

 次回は、罹患者の心理状態について更に深く触れていきたいと思います。

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by mental-online99 | 2014-02-18 20:56 | アルコール依存症 | Comments(1)
私は毎日多くの統合失調症の人と向き合ってお話をいたします。
私の経験上、統合失調症、その病型や症状などは10人10色です。誰一人として、同じ「型」はありません。統合失調症の発症時は前駆期と云われ精神科医師もわからないくらいです。幻聴や被害妄想が活発になるころには、日常生活も支障がでて、その家族も対応に追われることも少なくありません。症状が活発になってくると、いわゆる強制入院と云われる医療保護も必要なケースが多くなります。

 以前、私が担当した統合失調症の女性、Aさん。
彼女(以下、Aさん)も何度か医療保護(強制入院)を繰り返しました。その経過と云うのは語るるに及ばず、患者様を持つご家族であれば大凡の想像はつくと思います。
 そのAさん、現在はこの統合失調症と向き合い一生懸命に「生きる」ことの大切さを強く感じていると言います。家族の大切さを知り、統合失調症と闘いながらも懸命に社会復帰を成し遂げ、今や町の医院に勤務するまでになりました。

 Aさんが言います。
「毎日、意欲減退があってだるい、勤務に出るのもつらい、でもね私には夢があるの、だから頑張る。つらいのは私だけではないんだよね? 症状は私だけではないんだよね?」、と。

 私はあのAさんが、ここまでひた向きに頑張り、そして再生されてなんにも染まっていない真っ白な「心」を持ち、生きる力強さを目の当たりに見てきた私。上手くは言えませんが、人間の持つ治癒力や罹患してもなお成し遂げようとする生命力に、私は改めて襟元を正す思いにさえなりました。そして家族に心配させてはならぬと、家族に内緒でこっそり私に電話をしてくるその姿に又、心を打たれてしまうのです。これは何度経験しても心を打たれる。
 ふと、私は思うのです。教えられているのは私たちのほうではないか?、と。

 統合失調症。先述のように10人いれば10通りの「型」があります。急性期の幻聴や被害妄想など活発な症状によって支障をきたした時期、いや、今まさにその時のご家族もおられます。
 誤解を恐れず申せば、私が思うに、彼ら彼女たちは悪くない。悪いのはすべて「病気」。病気がそうさせているのだと。

 実際、Aさんを例に申せば、彼女は急性期当時をほとんど覚えていないばかりか、見事に人生の「殻」を割ってまさに今、再生しようと懸命に生きておられます。今となっては、過去云々ではなく「今をどう生きるか」であります。この一瞬一瞬を、「生きる」。

 茶道においてこのような言葉があります。
「関  南北東西活路通」 (せき なんぼくとうざいかつろにつうずる)

 「ひとつの関所を超えれば、どこでも行ける」と云う意味です。
私たちの人生にはいくつもの「関」があります。それは、たとえば就職や結婚、入学も「関」。今、この一呼吸も「関」。つまりそれだけの「関門」をくぐっています。突然大きな「関」がくるわけではありません。それだけにこの一瞬一瞬が大切なのです、という自分への戒めの言葉なんですね。


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by mental-online99 | 2014-02-11 16:30 | 統合失調症 | Comments(0)

 このような歌があります。

 「心に伝え眼に伝え 耳に伝えて 一筆もなし」

 この歌は、利休の孫の宗旦が残した歌であります。どういう意味かと云うと、「茶の湯は、心や目や耳で覚えるもので、書いて覚えるものではない」と云うことです。

 この平成の世の中、なんでも手に入る豊かな世ではあるのですが、なんとも閉塞感のあるせわしなく不安な日常であります。この言葉をこの世の中に置き換えてみると、次ように読み取れます。

 様々な情報や知識、あらゆるものがインターネット等を通じて手に入ります。しかしそれは裏を返せば、情報や知識などはいくらでも入ってはくるけれども、自らの目で見たこともなければ耳で聞いたものではない、心で感じたものでもない。
 だから戸惑いや不安や自信喪失につながりやすい。

 仕事も同様で、本当に自分の経験として知識や技術を得たいのであれば、それに向かって自分の目で見て、自らの耳で聞き、自分の心で直接感じなければなりません。

 そこを通って初めて、生きた知識や情報が身に付き、経験、実績、ゆるぎない精神、根の深い生命へと変わっていくのです。

 その昔、不安神経症から回復した30代男性から、次のような相談がありました。
「親から進められて雑貨店を開業したが、全然お客がこないから店を辞めようと思う」、と。聞いてみれば、彼は事前に一応開業に関わる書籍を読んだようですが、開店にかかわる費用(テナント契約・店内改装・仕入先の確保)などはすべて親御様がなさったようです。どうやら彼は病み上がりを理由に、親御様から息子が後々困らないようにと出店を勧められたようなのです。

 このように、実体験としての知識経験(行入)と、仮想での知識経験(理入)では見える景色や心持は全く異なります。誤解を恐れず申せば、私の云う、道を知っている者と、歩いてきた者では全く異なると云うことです。これはどこの世界、分野でも云えることですね。

 これら自らの眼で見て、聞いて、歩いてきたものは、たとえ大海原で嵐にあったとしても、次に来る風がプラスなのかマイナスの方向か、それがなんとなくではあるが見えてくるものです。迷うことはあったとしても、不安で絶望することはないのです。

 失敗するかどうかはやってみないと分からない。しかし行動しないことが最大のリスクであり失敗でもあるのかもしれません。
 



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by mental-online99 | 2014-02-10 18:56 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

  アルコール依存症や薬物依存症の対応依頼がことのほか多い。また、これら事案の約60%以上が一刻を争うような深刻な状態であり、我々が現地へ赴き患者(以下:当事者)に接触し医療介入支援、あるいは心理指導等の対応をした処理件数も通年の倍以上になっています。私どもの経験上、アルコール依存症や薬物依存症(脱法ハーブを含む)を述べさせていただくと、次のようになる。

 1.依存症は自らで治せない、と知り分けること。
 2.「病気」であると認識すること。「しっかりしろ、など掛け声ではどうにもならないのが依存症」
 3.患者(当事者)だけの問題ではなく、むしろ周囲の家族のほうが病んでいく傾向がある。
 4.専門医師に従う。(従って国内でも限定される)

 
  アルコール依存症、薬物依存症、これらは気合や気持ちの入れ替え云々で治せるものではない。我々も年間多くの患者と云われる当事者と向き合っているが、一方で親御様や周囲のご家族から「もう(薬物やアルコール)辞めると言っているので、息子娘を信じてもう少し様子をみてみる」と長引かせてしまうのがある。

  当事者ならよくわかると思いますが、日常生活に支障をきたすまで陥った依存症がこのような「辞めます」宣言をして根治した、と云うのは残念ながら私たちの経験では無いように思う。

  誤解を恐れず申せば、その後何かあれば近所の病院にかかります、と言われるご家族もおられますが、これも経験則として何の解決にもつながっていないのが現状であると考えます。なぜなら、医師であってもこれら依存症専門と云われる分野は極めて限定的になるからであります。


  アルコール依存症や薬物依存症は、このように近所の病院でどうこうと云う問題ではないと考えます。これは専門医師でないと奥深く対応ができないと述べることができます。これらは経験したご家族であれば深く理解できるでしょう。また、これらの依存症は、

①当事者や家族がまだ健康の場合
②経済的に余裕がある場合
③家族関係がなんとか保たれている場合
においては、たとえ当事者が身体的精神的な病魔に襲われ初めていても、その深刻さに気付けない場合もあります。このどれかが崩れて初めてその本態を知るケースが多いとされる。業界用語で云う「底打ち・底抜け」局面である。

  また、教科書的に家族会や自助グループ等へ行きなさい、と指導する医療関係者もいますが現場の声を多く見聞きしてきた我々からすると少々慎重になる。
もちろん家族会、自助グループを否定するしているのではなく、むしろその活躍には大いに敬意を表するところではあります。しかしこれらに参加することによって地域の人たちに自分たちの逼迫した家族事情を知らせることになった、参加したのはいいが最終的に社会的評価を低下させてしまった、と声を大にする家族も我々は多くみてきたのも現実であります。

  さて、当事者の症状に関して述べておくと、アルコール依存症の場合、楽しく飲めていたころの「酒」と依存症になったあとの「酒」では見える景色や精神状態はまるで異なる。アルコール依存症や薬物依存症の場合、飲んだあと(吸った後)は気分が↑になる。繰り返していくうちに、この↑の精神状態が当事者にとって基準ラインとなる。そのうちアルコール(薬物)が切れてくれば、今度は気分が一気に↓になる。そうなると当事者からすれば一大事であり、飲酒や薬物をすることによって気分を持ち上げる悪循環に陥る。ひどくなれば、アルコール(薬物)+抗精神薬(あるいは鎮痛剤など)+睡眠導入剤というケースも多い。

  ここまでくると多くは内臓疾患や神経疾患を伴っている場合が多数診られる。また、食欲不振や体重の激減、吐血等など様々な問題が合わせて生じてくるのが一般的です。大切なのは、当事者はもちろん、支えているご家族が毅然とした治療に向けた一歩を早期に踏み出すことにあります。根拠なき様子見が最大のリスクと云えましょう。また、薬物依存症(脱法ハーブなど)にいたっては現場経験上に経済的に恵まれている当事者が多いと云われています。合わせて渡航歴がある場合が多い。

  いわゆる強制入院の形態をとらざる得ない当事者も多い中、経済的に底をついてしまってからでは遅いのである。というのも、もちろん当事者の回復までには長い外来通院や入院なども必要。保険がきかない場合もある。我々がよくみる場面で「入院費がだせない」と泣き崩れる家族もいる中で、共倒れになる前にいかに当事者の異変に気付くのかが大切であります。

 

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by mental-online99 | 2014-02-07 18:16 | アルコール依存症 | Comments(0)
不安神経症・パニック障害や神経症性鬱の人たちは、まれに体験する晴れ晴れとした最高の心の状態を標準としているケースが多い。テストでたとえると99点以上の状態が自己の基準になっているのであります。したがって、この99点から気分が下がってくると、たちまち一大事なことになり急に不安になる。

 私たちの心というのは流動変化しています。今晴れたかと思えば、曇り雨も降ってくる。普通の人たちはこのような心の状態でも特に気にもとめない。こんなこともあるさ、で片付いてしまう。ところが、神経症や完璧主義な状態からおちいる鬱などは、常に自分の心は99点以上「でなければならぬ!」、と執着します。もともと、この99点以上の心の状態というのは、「まれ」に現れる状態ですから、当然90点→80点→65点、、と変動していきます。

 不安症状をもつ人たちは、ここで不可能を可能にしようとする「心の操作、心の闘い」をしてしまうことになる。つまり、50点の心を99点にならなくてはならない、と奮闘する。もちろん、不可能を可能にする心の闘いですから不可能です。
 すると、ここで立ち止まり過度に心配し、悩み、煩悶し、終わりなき心の葛藤がはじまります。ひどい人は、99点の心になるまで何もしない、まるでお爺さんお婆さんのような生活という完璧主義者(神経質)もいます。ここまでくるとと、もう自分の心の変動を「内発的に」常に観察している状態になっていますから、不安症状や鬱症状が強く感じてきます。

 これらは、すでに心が違和感を感じ取ると、自分の意思とは関係なく内発的に、不安症状や気分の落ち込みになって現れる。言い換えれば、違和感をすぐに「どうにかなるのではないか?精神に異常をきたすのではないか?」などと反射的に心が反応してしてしまうのです。ここからはじまって、病院めぐりをする結果となり、症状を医師に言えば言うほど、それに応じた処方になっていくのです。

 ここでこれらを理解したから心の持ちようを変えればいいではないか、という人もいますが、そうはいかないのが普通です。いくら言葉で説明しても、このようなブログで書いても既に心は内発的活動をしていますから、この「変えよう」ということ自体が、さらなる不可能を可能にしようとする心の操作、心の闘いになるのです。
 心の反応ばかりではありません。身体に症状が現れるいわゆる心身症、身体表現性障害、などと云われる症状があります。交感神経が活発化するのもそうですね。

 なぜ、こんなに辛いのか?
「人生、近道ほど険しい」、と云うように、人に気が利く、やさしい心の持ち主、思いやりがある、いわゆる神経質傾向特有の症状でもあり、「道」でもあります。

続きは次回に書いていきたいと思います。


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by mental-online99 | 2014-02-03 22:28 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
心の病、精神疾患が周囲から理解されないと嘆く人が多い。これはなにも精神に限ったことではありません。このことを悩み苦痛に思うのは決して悪いことではありません。むしろ、誤解を恐れず申せば、病気をすれば誰もが経験する正常な心理でもあります。いたって人間的な煩悶であることを最初に申し上げておきます。

「リンゴを食べたことのない人に、リンゴの味を言葉で伝えるのは不可能である」

 このように精神疾患、心の病の症状や苦痛を、言葉やゼスチャーで表現するようにといわれても出来るものではありません。特に、精神疾患に罹ったことのない人にこれらを知らすことは難しいと思われます。

 リンゴに例えると、真っ赤に実ったリンゴを直接木からもぎとって食べてこそ、これらの味は深くしみじみとわかるものです。従って、味わったことのない、あるいは見たこともない人たちに、このような体験なしで、知的に言葉やゼスチャーのみで理解させることは難しいように感じる。

 つまり、たとえ身内であろうと、これら精神疾患の苦痛を奥深く理解するのは困難を要します。言葉とはそれほど不完全なものなんですね。もちろん、愛情をもって当事者を深く理解し回復の支援をされているご家族や周囲の人たちの支えもあるのはいうまでもありません。

 一方、私がこれまで関わってきた疾患の人たちの多くが、「理解されない」と悲観されるのも現実です。一例としては、「気を大きくもて、気の持ちようだ、早く仕事をしろ」など様々です。不安症状やパニック発作、うつ症状などのことは、その人が「体」で知るよりない。したがって、言葉で自らの辛さや症状を理解させようと、すればするほど人間関係がこんがらがっていくケースも多いと経験上述べることができます。

 また、それとは逆に支える周囲の皆さまが当事者に対し、「今日の調子はどうか?」、「大丈夫か?」などと必要以上に聞かないことが大切です。これは調子はどうか?と聞かれると、症状をもった当事者は「どこかつらいところはないだろうか...」と症状をさがしてしまいます。これはまるで寝た子を起こしたかのように症状が現れ、再燃させることになるので注意を要したいところです。

 「過去をこだわらず、明日におびえず、今を生きる」
 人生にはいくら悩んでも解決できないことが沢山あります。これは仕方のないことです。悩みがいのないことを悩んでも時間の無駄でもあるし、心理的負荷も伴います。悩みがいのないことを悩むよりも、悩みがいのあることを考えたほうが建設的であります。

 今はつらいかもしれないが、もっと自分の体や心を信じてあげてください。そしてあらゆる愚痴や理解を求めることをやめたとき、おのずから自立心も芽生え、幼弱性は消え、心の強化にもつながっていくことでしょう。ここを通って、心がますます強化され根治に至り得ていくのです。




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by mental-online99 | 2014-02-01 08:30 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。神経症 不安障害・鬱(抑うつ)などを語ります。


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