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 今日は冬晴れ。関東は雲ひとつない快晴でした。
症状のある人も、そして周囲のご家族も、太陽を浴びていますか?

 特に、精神疾患の人たちはこの日光浴が非常に大事と云われています。文部科学省のHP(ホームページ)をみても、この太陽光の重要さが述べられています。時間があれば、ぜひ積極的な日光浴をおすすめいたします。

 さて、今日は「心の病 精神疾患の人たちは、むしろ”強い”」と書きました。
私のところに来られる人たちは、最初みんな「私は心が弱いから病気になる...」、「心が弱いから仕事にもつけない..」、などいろんな悲観的ことばが出てきます。

 私は言います。
「いや、そうではないんです。むしろ強いのですよ。考えてもみてください、たとえば一般の人たちが皆さんと体が入れ替わることができたとすれば、普通の人たちは耐えられない、立っていることもできないですよ。それに比べて、皆さんはこうやって症状を耐え忍び、また歯を食いしばって復帰しようと悪戦苦闘をされている。この心を誰が弱いと言えましょうか。」

 鬱にしろ、不安症状、パニック発作、幻聴、不眠、またこれらに連動して身体症状も起こってくる。
しかし、みんな愚痴をいいながらも復帰を願い、こうやって私のブログも読み、なんて真面目で粘り強いことか..と私は思う。これは実際に、患者と云われる当事者、そしてそのご家族と接していないと理解ができないことかもしれない。

 最後に余談ではありますが、我々のブログの題名に「守破離(しゅはり)」とあります。これは、千利休の有名な言葉であります。

『守』
 どの道(仕事など)にも先生や師匠がいてお家の型があります。基本を忠実に守り、繰り返し繰り返し型の稽古をする。企業仕事に例えると、理念、目的を理解し、仕事の基本やり方を徹底して守る。即ちマナーや会社のルールであります。

『破』
 型は昔から受け継がれているが、実は少しずつ自分の工夫が加わり次第に良いものだけが残されてきている。会社仕事に例えると、常に目標を明確にし自分自身で創意工夫をしながらチャレンジをしていく時期。

『離』
 受け継いだものを守りながら、現代にあわなくなったものを捨てる。そこに新しく、独自の世界(オリジナリティ)を創り出していく。会社仕事に例えると、自分自身の創意工夫を新たな仕事に置き換え、理念の具体化を目指し発展させていく。歌舞伎などは良い例ですね。

 もっとわかりやすい実例でいえば、よく接客される時に、どうもマニュアル通りでぎこちない思いをされた経験はないでしょうか?いつまでも「守」ではいけない。失敗してもいいから時期が来ればまずは型を破り、チャレンジしていくことです。そしてやがて失敗するときが必ずきます。今度は、なぜ失敗したのかを慎重に考え、そして工夫を凝らし、再度チャレンジしていく。この繰り返し繰り返しが、やがて「離」を生んでいきます。

 治療も同じです。先生や我々から言われたことを疑ってもいいから、まずは守ってやっていく。次に「破」、守りながらも、自分なりの工夫を入れていき、最終的には、独自の発見や心が芽生えて、その何もかもが自分の血肉となり、ゆるぎない不動心になっていくのです。

 ただ、これを述べたからといって、すぐに会得しなくては...ではありません。まずはこんな言葉もあるのだな~で十分です。



不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE
http://www.mental-online.co.jp/care.html



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by mental-online99 | 2014-01-29 19:33 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
「外相(がいそう)整いて、内相(ないそう)自ら熟す」 

 外側(例えば服装など)から健康人らしくすれば、内側(心)もおのずと健康になる、と云う意味です。有名な言葉ですが、精神治療の場ではお薬は処方されてもなかなかこのような指導はされない。

 不安障害や神経症性うつ病(以下内因性とは異なる)など、「どうせ外出はしないのだからパジャマのままでいいや...」となりがちであります。不安やうつなど症状がある時は気も滅入ってしまい、めんどくさくなる。わかってはいるのだけど、あれこれ考えてるうちに昼になり夕方になる。そして自分のココロは落ち込むばかり。傾向としては、「やる気になってきたらキチンと服装も整えて外出しよう」、「症状が回復してきたら〇〇しよう!」など心が整えば動き出そう、このような傾向があります。そうではくて、逆なんですね。
 回復途上の心は、外から内に働きます。これは一般の人たちにも云えます。たとえば、スーツにネクタイ、女性であればお化粧やスーツ、御着物を着ればおのずと心もピシッとするものです。不安障害やうつの人も同じです。

 まずは、嫌々でも朝早めに起床して身だしなみを整えてみましょう。外相を整えることで心も動きだし、気が付けば周りの生活環境も自然に動き出します。これを繰り返し繰り返し、継続的に粘ってやっていくことです。まれに、一日や二日これらをやってみた人が、「全然変わらないよ~」と言う人がいますが、手品ではないのですから短時間で結果がでるようなものではありません。

 さて、本題ですが心の病の人たちの傾向として、前述のようにすぐに結果を求める人が多い。
これは、完全欲が強く、取越し苦労が多く、小心なゆえ、おのずと心の疾患に陥りやすいと私は感じます。もっと細かく申せば、毎日が爽快に目覚めて、毎日明るく楽しく暮さなければならない、と云いう所謂「〇〇でなければならない」主義であります。
 したがって、この〇〇で無くなってしまうと、たちまち心が崩れ始める。すると今度は身体にもその影響が発現してくる。不眠や動悸、交感神経の活発化など様々です。考えても見れば、我々でも爽快に目覚めることは一年を通してみてもそう何日もあるわけではない。毎日、「あ~だるい、いやだな~」と思いながら、一日の必要ごとを成していくのが普通であります。

 しかし、神経症領域の人たちはこだわる。ひどい場合は、こうなったのは親の育て方が悪いのだ、と発言する当事者もいます。このような完全主義(0か100か、赤か白かなど)、〇〇であるべきと云う「べき主義」は親の育て方がどうのと云う問題ではない。むしろここで立ち止まってごちゃごちゃと考えているそのものが問題なのであります。
 お薬治療も必要ですが、精神療法(心理教育)を通じてみずからが何故ゆえこの疾患に陥っているのか、心のからくりを知りわけること、この時間こそが強化された心を作り人間的にもますます大きく育っていくと私は強く感じるのであります。





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by mental-online99 | 2014-01-26 11:53 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
今日は統合失調症の回復、そして治癒へ向けての心理教育について述べてみたいと思います。

 まずお話をする前に、「教育どころではない、まずは緊急入院だ」と所謂、強制入院や施設入所などを一刻も早く必要とされているご家族も多いのが実際であることはこの業務に携わっていて十分に実感しております。ただ、長い病気経過の道中で、ご家族が入院以外の角度から疾患回復に寄与することが可能であると云うことをお話したいと思います。つまり介入できる隙間(期間、時間)が必ずあると云うことです。

 私は社会復帰へ向けた心理教育・心理相談、カウンセリング(精神療法・家族療法)、一方で急性期や難解な症状で一刻を争う入院支援等、多くの事案を担当してまいりました。
 さらには、回復途上で罹患された大切な息子様お嬢様(以下、当事者さま)のお見合い、結婚話などその事案は多岐にわたります。

 さて、全国の親御様たちからご相談をいただくとき、最初に必ずお伺いする事項は、「当事者さまの病識有無」であります。つまり、当事者自身が病気であることを認識しているかどうか、であります。
 漠然と「認識」と申しましたが、私の云う認識とは、病気を理解し服薬管理ができている状態を示します。この認識が未だ不十分な場合、心理教育をご提案する場合もあります。

 私の述べる「心理教育」とは、突き詰めるところ、認知行動療法に近いものがあります。どんな症状であっても、まるで夕立が去った後に静けさがあるように、統合失調症の症状にも必ず落ち着く瞬間(時間/期間)があります。教育と云ってもいきなり難しい学習的なことをするわけではありません。
薬物治療はとても大切なことではありますが、統合失調症治療をもっと長いスパンで考えると、お薬だけ服用していればそれで良い、と云うわけではありません。これは声を大きくして経験的に述べることができます。
必要なのは、当事者さまが病気を理解し、その症状の変化からくりを体得し、病気を管理できる心理教育であると考えます。

 しかし、一方で当事者を過小評価されている親御様も少なくありません。「うちの子には無理だよ・・」と云われる人も多い。しかしこれには、我々の云う「当事者との会話が少ないことから固定した過小評価観念」ではないでしょうか。と、云いますのも私たちは第三者としていろんな統合失調症に罹った人たちとお話をいたしますが、その場面を見られた親御様の中には、「うちの子がこんなに話すの? こんなことを言ったの?」と驚かれるケースが間々あります。第三者に対する会話行動と、親御様、御身内に表わすこれらは全く異なるものと知り分けて戴ければと思います。

 さて、統合失調症の心理教育はきわめて重要なこと、と私は考えています。心理教育の一例を挙げますと、

1.指導側と当事者の信頼関係構築、頼る場所が親だけではないと云う意識の獲得(症状が慢性的に発現している場合は、当事者さまの不安や恐怖、不眠や異変などの苦悩に寄り添い、幻聴などには同調し否定はしないところからスタートします。いわゆる理解してもらえる人(味方)がここにいる、と云った「安心・味方」と云った信頼関係を慎重に築くところから始まります。)

2.病識を理解する(ただし、すでに告知をされている場合に限る。告知がなされていない場合、無理な告知を急がない)
3.同じ疾患をもった人たちとの集団話し合い(症状の体験、悩み、苦悩を話し合い自分だけではないと云う意識の獲得)
4.ご家族と当事者、両者による症状、統合失調症の理解
5.作業、行動による日常生活の修正、社会復帰訓練
6.親亡き後の整備(上記を習得した上で、当事者を取り巻く官民一体支援の確保)

などが挙げられます。

 私の経験上、1.を経過した時点で心理教育(精神療法)は自然と発生する場合が多い。
言い換えれば、「帰る場所、相談する場所は自宅だけではない、共感理解してくれる人がいる」、と云う意識が当事者に芽生えてくると感じます。

 大切なことは、投薬治療のみ過剰に期待しないこと。症状にも波があり、経過の中で必ず落ち着く時間(期間)があるということ。この時、ご家族にも当事者に対して回復寄与が可能であると云うことです。


続きは、次回に更新したいと思います。



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アルコール依存症・薬物依存症、人格障害・統合失調症の精神疾患の病院施設搬送は、メンタルヘルスONLINE

by mental-online99 | 2014-01-23 18:23 | 統合失調症 | Comments(0)
その道に入らんと思ふ心こそ 我が身ながらの師匠なりけれ

 利休百首の冒頭に、この歌が出てきます。千利休が茶道全般を学ぶ者の心構えを、まず教えているのであります。

 何事でも、その道に入り、その道を学ばんとするには、まず志を立てねばならない。志を立てずに、その道に入るのは、目的なしに道を歩き、目的なしに旅を続けるようなものである。よく見る光景ですが自分の子供にも習わしておこうとお子様が、お茶を好きであろうが、なかろうが、関係なしに、稽古に通わせている親御様もおられます。

 芸道は、自ら進んで習うようでなければ、上達しないものである。自発的に、習ってみようという気持ちがあれば、それはその人自身の心に、もうすでに立派な師匠ができているのである。これは茶道だけではない。学問にしても、他の芸道にしても、病気治療や回復、その道に入るに当たり、よくよく味わうべき言葉であります。 但し、この言葉は本ブログにおき治療意欲を大きくもった不安障害のみに適用することを申し添えておきます。

 以上をふまえ、心新たに今日はこの「不安障害(不安神経症)」における不安症状について記述しておきます。

 不安神経症やパニック障害、対人恐怖症(社会不安障害)などさまざまな神経症があります。
性格的共通点としては、「神経質傾向」、「完璧主義」、「生存欲」が強いのが一般的です。その強さがゆえ、心の裏側には、強さに比例して「不安症状」が当然存在します。神経質傾向のひとたちは、向上心が強く、勉強家で出世意欲もおおせいな人が多い。事実、不安症状を根治された人たちの多くは、出世し大企業の幹部や、自身の症状経験を生かし医師になった人たちも多くおられます。
 
 不安症状をもった人たちは少しの精神及び身体症状にも敏感で、人よりも病気を気にする傾向が強い。気にすることがここで終わればいいのですが、身体症状や精神的症状に「とらわれ」てしまうと朝から晩までこれらの変化をチェックすることになります。つまり、あえて表現するなら、自らにアンテナを張りつねに自己測定をするような状況です。
  
 たとえば、神経質な生存欲が強い人がいたとしましょう。
その人は死にたくない、病気にはなりたくない、もっと偉くなりたい!などの欲望が山のようにあります。しかし、その人を冷静に観察してみると、欲求の強さ=不安感の強さ、になるのがうかがい知れます。欲求心の裏側には、比例対等した不安の存在がみてとれます。

 私は上記で「神経質な」、と記しました。
これが重要なポイントなのです。普通の人たちであれば、不快な身体症状があったとしても、「まあこんなこともあるさ..」、で通り過ぎるところを、「神経質」な人はここで立ち止まって、「この身体症状は命にかかわることではないか?、なんだこれは?」と大変な取越し苦労をすることになります。つまり、不安と闘ってしますのです。闘うとますます心がこんがらがってくる。

 本来、これら不安があるから私たちは適度な動きや考えをもって生活をしています。
しかしながら、ひとたび不安症状を体験した人たちは、不安を病的にあつかうようになる。不安が発現してはその不安と闘い、闘いの繰り返しに陥ります。

 「けろけつ」、という言葉があります。これは、ロバ(驢馬)をつないでおく杭のこと。
たとえば、ロバが自由を求め逃げようとすると、そのロバは繋がれたひもで杭にからまれ益々自由を失い、失うどころか身動きさえとれなくなってしまう、という禅語です。
 不安と闘うココロも同じことです。不安症状にとらわれ、ここで葛藤することにより益々ココロがこんがらがってきます。

 ではこの不安と闘うのをやめればいいのか?、と云うことになるのですが、一度不安症状と闘ってしまった心はどう抗っても内発的に不安と闘ってしまいます。不安症状を克服すること、これすなわち不安に反対しない心をどうやって発現させるのか、と云うことです。これはなにも、ずぼらな、のんびりした、無神経な人間になることとは違います。自由に不安で、自由に気をくばる人間になるということです。

 私はこれら不安症状の克服(全治)は、つきつめるところ「不安症状を起こしている心のからくりを、行動的に知る」、これこそ全治の早道と考えています。不安症状をもっている人の中には、歩行困難な人もいるくらい強い不安症状をかかえている人たちもいます。私は、このようなまるで寝たきりのような人たちを大勢みてまいりました。家から一歩も出れない人、泣きながら症状と闘っている人、頻繁に救急車を呼ばなくてはならないような発作症状のある人、、、不安症状も百人百色です。

 しかし、必ず治る。
これだけは、自信をもって申し上げておきたいと思います。「治る」と云うよりも「解決する」と表現するほうが適切なのかもしれませんね。不安やうつ症状をもった人たちは自身を過小評価している場合が多いのは現場経験からよく理解しています。「どうせ私なんか・・」、と言われる人が多いのですが、どうかもっとご自分を信じてあげてください。
 今は症状があって辛い時期。しかしこの辛い時期からも何かを得ている、と私は経験上言えることができます。これは今患者の皆さま方に理解しなさいと云うのは酷なことです。だけども後々になってわかることです。
 
 ただ、誤解を恐れず申せば、クスリだけに頼っていてはいけない。病院まかせだけはいけない。
なぜ、自分がこのようになっているのか、心を分析して、布団に逃げ込むのではなく、体験的に行動していかなくてはならないのです。不安や恐怖に突入して行動を通じて、「やってみたらできた、思っていたより安易にできた」という勝ち癖をつけていくことです。




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by mental-online99 | 2014-01-19 13:50 | 不安障害・パニック障害 | Comments(1)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。神経症 不安障害・鬱(抑うつ)などを語ります。


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