カテゴリ:統合失調症( 7 )

  悩むことが、「あってはならない」と、自責しこころを操作やりくりしていないでしょうか。

  悩み苦悩することは、ことさらに不幸ではなく、生きていく上で自然で人間らしいあるべき時間と私は考えております。自分だけが、自分の家だけが、、と悩み苦しむことは大変つらいことですが、その自然な流れに抗うよりも、むしろ「あるがまま」に事実を受け入れることが大切。

  私の座右の銘に、「自然に服従し、境遇に従順なれ」、があります。
昭和2年当時だと思いますが、慈恵医大初代精神科名誉教授、森田正馬博士の言葉です。
気分はあるがままに認め、状況にふさわしい行動をとっていくこと、を意味すると私は解釈しています。


  私も昨年、まだ若い家族を亡くしましたが、私自身こころ穏やかに暮らしていくことは難を要しました。しかし、私たちはこの運命や自然、言葉を変えれば無常、をあるがままに認め、まさに今目の前にある一瞬一瞬を丁寧に行動していくほかありません。この一瞬の地道な積み重ねが、先々の自分を作ってくれると考えます。


  昔の言葉ではありますが、「日が照れば下駄屋の息子を思い、雨降れば傘屋に嫁いだ娘を思う」、と云う言葉があるように、状況はなにひとつ変わってはいないのに、人間は常時心配症であり、悩み煩悶するもの。これが良いとか悪いとかではなく、自分にとって幸せとは何か、、このお盆の終わりにじっくり自分と向き合ってみるのもいいかもしれませんね。


  意外に、「幸せ」とは、ありふれた日常に隠れているもの。
無いものに目を向けるのではなく、有るもの(足るを知る)に目を向ける時間も必要なのかもしれません。



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by mental-online99 | 2014-08-16 17:45 | 統合失調症 | Comments(0)

「竹」


  私の好きな詩に、「竹」があります。
力強い生命に対する躍動感がぐんぐんと伝わってきます。

 
◇ 竹 「月に吠えるより」


光る地面に竹が生え

青竹が生え

地下には竹の根が生え

根がしだいにほそらみ

根の先より繊毛が生え

かすかにけぶる繊毛が生え

かすかにふるえ

かたき地面に竹が生え

地上にするどく竹が生え

まつしぐらに竹が生え

凍れる節節りんりんと

青空のもとに竹が生え

竹、竹、竹が生え


 -------------------------------

  この竹、の題名だけでも鋭く、力強いものを感じます。
私たちの人生、様々な局面で心も萎え弱気にもなり、絶望感も経験します。
この詩「竹」は、萩原朔太郎の「月に吠える」大正6年(32歳)に所収されています。

  大正6年当時、「竹」を書いた作者は心を病んでいたようで、日々悪戦苦闘をされていたようです。
そんな中で作られた「竹」。病の底からなにがなんでも這いあがっていく、と云う力強い精神が手に取るように伝わってきます。

  繰り返し読んでは、悲観を微塵も感じさせない、その執念、迫力。そこからは、

 「苦しいから頑張るのではなく、病を経験したからこそ目標を見出すことができた、だからこそ生きる!」と訓しているように思うのです。



 

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by mental-online99 | 2014-07-29 17:44 | 統合失調症 | Comments(0)
   関東地方も猛暑が続いています。熱中症には十分気を付けてください。


  「病者である本人も大切だが、まず支えている家族を見よ」

  これは私がいつもスタッフに云う、口癖であります。
アルコール依存症や統合失調症、薬物依存(危険ドラッグ等)などで強制的な入院をさせたいとする家族は大勢おられる。しかし、本人の入院に対して今一歩踏み込めないとする家族が一人でもいれば私たちは受任をお断り申し上げている。

  一例を挙げると、戸籍上本人が子供の場合、ご両親で意見が分かれる場合が多い。私たちは電話だけで受任することはないので、これは身をもって経験している。むしろ私たちと話すことによって、「妻はこのようなことを考えていたのか、、」など第三者が入ることによって新たな「気づき」があります。
 

  たとえば父は子供の強制入院は一刻も早く必要として勢いついていたとしても、母側はまだ一枚思うところがあるとする、いわゆる心のぶれを少しでも感じ取れた場合、丁寧にその部分に触れていく場合があります。

  表現は少々大げさでもありますが、ここで我々の私利私欲を優先し事を進めてしまうのは簡単であります。しかし、これを受任してしまうことにより、この例で申せば入院後の母親の自責、父と母の見えない心の溝が出来るのは容易に想像がつきます。確かにそんな事言っている場合ではないとする家族も大勢いる。しかし、心にぶれが生じると云うことは、逆に云うとそれだけまだ納得がいっていない、ぶれるだけの意見があると云うことです。

  私どもはこのような場合、まるで大きな岩にある小さな隙間を丁寧に埋めてもらうべく、様々な質問をします。それは老婆心ではありますがご家庭では見えない、第三者だからこそ気付ける隙間に気づいていただくためです。親と子が共依存でなかったかどうか、親同士が真正面から向き合っていたかどうか、子供に言いたいことは全て話したかどうか、、、質問することは色々あります。

  ただ単に力をもって病院へ運ぶだけなら探せば業者はたくさんおられます。
上手く述べることはできませんが、我々が大切に思うのは、上述のように家族だからこそ気付けぬ「こころ」に気づいて戴くことであります。そして、こころの隙間を埋め、「一切これで良し」と家族と我々双方が最大限歩み寄った接点を共有することです。ここを通って、親として家族としてやるだけのことはやった、とする心の落としどころが出来るのです。
 
  リアルな対人関係が減り簡単に心が折れる時代。苦しい、暗い時代だからこそ、小さな光がありがたく感じるのかもしれません。微力ながら小さな光を照らす役割でありたいと思うとともに、プロ意識もまた忘れてはならないと感じるのであります。

 
 
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by mental-online99 | 2014-07-24 22:57 | 統合失調症 | Comments(0)

あるがままに生きる

  関東地方の桜も、葉桜へと変わってまいりました。三寒四温、日中も夏日と思えば、夕方以降はグッと冷え込む季節です。体調管理には注意したいものです。

 さて、私の考えの基本には、日本で心理療法(森田療法)を創始された、慈恵医科大学病院初代精神科教授、森田正馬博士、及び恩師「鈴木知準博士」が流れています。

 心理療法とは逆に、これまで長年にわたり精神科救急にかかわる患者搬送にも従事してまいりました。この森田療法と云われる心理療法の場面と、精神科救急搬送の現場でみる光景と云うのはまったく異なった次元であります。その精神医療の現場を俯瞰してきた経験に基づき、私の考えを述べてみたいと思います。

 私はここに、「あるがままに生きる」と題しました。
これは、決して大げさではなく私は患者様(以下、当事者)と関わる中でいつも自問自答してきました。森田療法の言葉に有名な言葉があります。「自然に服従し、境遇に従順なれ」

 この言葉を私なりに解釈すると、「自然に抗わず(逆らわず)、あるがままに、自分らしく生きていくことが大切。つまり今の境遇を素直に受け入れ、いかに治すかではなく、いかに自分らしく人間らしく生きるか、なんのために生きるか」を問われる言葉でもあります。

 統合失調症、うつ病、不安障害(不安神経症)、アルコール依存症など様々な経過や症状があります。
 「治す」とはどういうことか・・

  私の経験則から申せば、多くの当事者が再燃を余儀なくされています。
一過性として寛解されたのは別として、治そうと頑張れば頑張るほど皮肉にも症状が顔を出すケースが多いように思う。
 

  現代の精神医療、病院の診察室では睡眠時間もとれない中、過酷に診られている先生方にはいつも敬意を表するところであります。ただ、2時間待ちの3分間治療といわれる現代、その多くが薬物治療。症状を訴えれば、それに応じた処方がなされる。一時は症状は治まるのだが、やがて症状はしつこくも発現してくる。お薬によってその本来もっている当事者の感情や動作、表情等が皮肉にも抑制される中、生きづらさを感じている人たちも多いのも事実。


  闘病生活の中では、鬱状態になったり、幻聴が活発になったり、不安症状がきつくなったりと、それは筆舌では語れないものです。人生の多くの時間をこの病気と共に生活をしなくてはならない現実。
だからこそ、この病気と共に生きていくこと、そしてその意味、更にはそこから発見される「真っ裸の自分」を学ばなければならないと私は感じるのであります。
 

  これは決してあきらめの道程ではありません。そこを通って見えてくる人生の景色は、当事者にとって私はとても有意義なものになると信じています。


  加えて、病気を受け入れると同時に、類縁の友を持つことも重要と考えます。

確かに治すことも大切。しかしそれよりも、当事者がこれからどう生きるか、症状があったときの自己対処、転んだあとどうやって起き上がるのか、なんのために生きるのか、このような場合友はどうするのか・・など。

  これらを私たちや当事者同士がじっくり話し合うこと、これこそが最も重要な部分と私は経験的に感じるのです。当事者の皆さまにとっては、これらをざっくばらんに話せる「類縁の友たち・時間」がもっとも貴重なおクスリなのかもしれません。
そこを通って生まれる発見こそ、自身の新たな人生感に至り得ていくと感じてなりません。

  「あるがままに生きる」

  自らの病気を否定せず、病気と共に生きていく。大切なのは医師でもなく、私たちでもない。
同じ境遇をもった、戦友であり、時間であると私は感じるのであります。
そこには、おくすりでは出せない、「安定」があるように思います。



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by mental-online99 | 2014-04-10 17:37 | 統合失調症 | Comments(0)

  私たちの業務は、一期一会として介入させていただくケースも多い。
一方で、もう何年も家族のようにフォローをさせていただいているご家族もいます。このように長年月にわたり、直接患者様(以下、当事者)と向き合っていると、いろんな角度から気付かされる事があります。

  その一つに、当事者心理からすると、私たちに話せても家族や主治医には話せない事柄、話題などがあります。思い起こせば私はこの業務を始めた駆け出しのころ、強い目標があった。それは、「当事者が自宅のように帰れる場所を2つ作りたい。一つは家族の元。もう一つはココだ」、と。

  この目標、未だに達成はできていないものの、目標はいまだ変わってはいないし、揺るぎもしていない。しかし、このような業務をしていると、様々な潰し圧力が容赦なく降りかかってくるものである。私はそのたび何度も、もはや刀折れ矢尽き、、、と覚悟しました。しかしながら、家族に内緒で私の携帯にかかってくる当事者の声を聴くたびに、「もう一度頑張ろう」、と思うのであります。

  統合失調症、うつ病、不安神経症、薬物依存症、アルコール依存症など、、、当事者というのは、たとえ仮に問題はあったとしても私からすると、「繊細、かつガラスのような心をもった、社会的脆弱性を持つ根はやさしい子」ばかりであります。勉強や仕事もこの「とらわれ」さえ解決すれば、かなり出来る人もいる。一方で、先述のように私たちに話せても、お偉い大病院の教授クラスのような名医と云われる先生の前では本音を述べるのかと云えば、これまた述べない。(元来特異的に問題のある人は別である)

  この溝はなんなのか、、と。
私は、この空間はなくしてはならぬ。と、いつも念頭におき電話をとり、地方へ出向く。
ボランティア要素も大きい。

  こうして書いていれば、いつであったか、親に理解されない20代そこそこの若者が、「置手紙を自宅に残し上京してきた。生活保護を受け、医療にかかるんだ、やっと病院に行ける」、と云って声高々に話されていたのを思い出します。

  もう16年も前であろうか、私の恩師から、「病気を診ずして病人を診よ」、と教えられました。
つまり、病気だけを見ていてはならない。当事者が抱えるそのもの、人を見よ。
これは、この平成の世にはぴったりの言葉ではないだろうか。現代の診察室では、多くの医師は「病気」しかみないケースが多い。しかし、このような理想像を言ってられない難解なケースもあるのも事実。

  大切なのは、その患者当事者の病気の裏側にある、心。
頓服のように効くお薬でもなく、先進の医療でもない。本音で話せる、笑顔で話せる時間と空間、信頼関係である。よくあるケースとして、治しに行った先の病院で、逆に不安や不愉快な思いをして余計に具合がわるくなった、、と云うご経験はないだろうか。たしかに病を治そうと休む間もなく懸命に治療されている医療者には敬意を表するのは云うまでもない。

  病気の裏側を、心で診る。
これは、今の2時間待ちの3分間治療では困難であろうと感じる。薬では完治しない心の問題は当事者からするといくらでもあるのが事実であろう。その結果として、通院中の子たちが、「あの~、ちょといいですか、、」と私の携帯を鳴らす問いかけこそ、時間をかけなくてはならない大切なこと、と私は感じてならないのであります。



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by mental-online99 | 2014-04-03 22:18 | 統合失調症 | Comments(0)
私は毎日多くの統合失調症の人と向き合ってお話をいたします。
私の経験上、統合失調症、その病型や症状などは10人10色です。誰一人として、同じ「型」はありません。統合失調症の発症時は前駆期と云われ精神科医師もわからないくらいです。幻聴や被害妄想が活発になるころには、日常生活も支障がでて、その家族も対応に追われることも少なくありません。症状が活発になってくると、いわゆる強制入院と云われる医療保護も必要なケースが多くなります。

 以前、私が担当した統合失調症の女性、Aさん。
彼女(以下、Aさん)も何度か医療保護(強制入院)を繰り返しました。その経過と云うのは語るるに及ばず、患者様を持つご家族であれば大凡の想像はつくと思います。
 そのAさん、現在はこの統合失調症と向き合い一生懸命に「生きる」ことの大切さを強く感じていると言います。家族の大切さを知り、統合失調症と闘いながらも懸命に社会復帰を成し遂げ、今や町の医院に勤務するまでになりました。

 Aさんが言います。
「毎日、意欲減退があってだるい、勤務に出るのもつらい、でもね私には夢があるの、だから頑張る。つらいのは私だけではないんだよね? 症状は私だけではないんだよね?」、と。

 私はあのAさんが、ここまでひた向きに頑張り、そして再生されてなんにも染まっていない真っ白な「心」を持ち、生きる力強さを目の当たりに見てきた私。上手くは言えませんが、人間の持つ治癒力や罹患してもなお成し遂げようとする生命力に、私は改めて襟元を正す思いにさえなりました。そして家族に心配させてはならぬと、家族に内緒でこっそり私に電話をしてくるその姿に又、心を打たれてしまうのです。これは何度経験しても心を打たれる。
 ふと、私は思うのです。教えられているのは私たちのほうではないか?、と。

 統合失調症。先述のように10人いれば10通りの「型」があります。急性期の幻聴や被害妄想など活発な症状によって支障をきたした時期、いや、今まさにその時のご家族もおられます。
 誤解を恐れず申せば、私が思うに、彼ら彼女たちは悪くない。悪いのはすべて「病気」。病気がそうさせているのだと。

 実際、Aさんを例に申せば、彼女は急性期当時をほとんど覚えていないばかりか、見事に人生の「殻」を割ってまさに今、再生しようと懸命に生きておられます。今となっては、過去云々ではなく「今をどう生きるか」であります。この一瞬一瞬を、「生きる」。

 茶道においてこのような言葉があります。
「関  南北東西活路通」 (せき なんぼくとうざいかつろにつうずる)

 「ひとつの関所を超えれば、どこでも行ける」と云う意味です。
私たちの人生にはいくつもの「関」があります。それは、たとえば就職や結婚、入学も「関」。今、この一呼吸も「関」。つまりそれだけの「関門」をくぐっています。突然大きな「関」がくるわけではありません。それだけにこの一瞬一瞬が大切なのです、という自分への戒めの言葉なんですね。


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by mental-online99 | 2014-02-11 16:30 | 統合失調症 | Comments(0)
今日は統合失調症の回復、そして治癒へ向けての心理教育について述べてみたいと思います。

 まずお話をする前に、「教育どころではない、まずは緊急入院だ」と所謂、強制入院や施設入所などを一刻も早く必要とされているご家族も多いのが実際であることはこの業務に携わっていて十分に実感しております。ただ、長い病気経過の道中で、ご家族が入院以外の角度から疾患回復に寄与することが可能であると云うことをお話したいと思います。つまり介入できる隙間(期間、時間)が必ずあると云うことです。

 私は社会復帰へ向けた心理教育・心理相談、カウンセリング(精神療法・家族療法)、一方で急性期や難解な症状で一刻を争う入院支援等、多くの事案を担当してまいりました。
 さらには、回復途上で罹患された大切な息子様お嬢様(以下、当事者さま)のお見合い、結婚話などその事案は多岐にわたります。

 さて、全国の親御様たちからご相談をいただくとき、最初に必ずお伺いする事項は、「当事者さまの病識有無」であります。つまり、当事者自身が病気であることを認識しているかどうか、であります。
 漠然と「認識」と申しましたが、私の云う認識とは、病気を理解し服薬管理ができている状態を示します。この認識が未だ不十分な場合、心理教育をご提案する場合もあります。

 私の述べる「心理教育」とは、突き詰めるところ、認知行動療法に近いものがあります。どんな症状であっても、まるで夕立が去った後に静けさがあるように、統合失調症の症状にも必ず落ち着く瞬間(時間/期間)があります。教育と云ってもいきなり難しい学習的なことをするわけではありません。
薬物治療はとても大切なことではありますが、統合失調症治療をもっと長いスパンで考えると、お薬だけ服用していればそれで良い、と云うわけではありません。これは声を大きくして経験的に述べることができます。
必要なのは、当事者さまが病気を理解し、その症状の変化からくりを体得し、病気を管理できる心理教育であると考えます。

 しかし、一方で当事者を過小評価されている親御様も少なくありません。「うちの子には無理だよ・・」と云われる人も多い。しかしこれには、我々の云う「当事者との会話が少ないことから固定した過小評価観念」ではないでしょうか。と、云いますのも私たちは第三者としていろんな統合失調症に罹った人たちとお話をいたしますが、その場面を見られた親御様の中には、「うちの子がこんなに話すの? こんなことを言ったの?」と驚かれるケースが間々あります。第三者に対する会話行動と、親御様、御身内に表わすこれらは全く異なるものと知り分けて戴ければと思います。

 さて、統合失調症の心理教育はきわめて重要なこと、と私は考えています。心理教育の一例を挙げますと、

1.指導側と当事者の信頼関係構築、頼る場所が親だけではないと云う意識の獲得(症状が慢性的に発現している場合は、当事者さまの不安や恐怖、不眠や異変などの苦悩に寄り添い、幻聴などには同調し否定はしないところからスタートします。いわゆる理解してもらえる人(味方)がここにいる、と云った「安心・味方」と云った信頼関係を慎重に築くところから始まります。)

2.病識を理解する(ただし、すでに告知をされている場合に限る。告知がなされていない場合、無理な告知を急がない)
3.同じ疾患をもった人たちとの集団話し合い(症状の体験、悩み、苦悩を話し合い自分だけではないと云う意識の獲得)
4.ご家族と当事者、両者による症状、統合失調症の理解
5.作業、行動による日常生活の修正、社会復帰訓練
6.親亡き後の整備(上記を習得した上で、当事者を取り巻く官民一体支援の確保)

などが挙げられます。

 私の経験上、1.を経過した時点で心理教育(精神療法)は自然と発生する場合が多い。
言い換えれば、「帰る場所、相談する場所は自宅だけではない、共感理解してくれる人がいる」、と云う意識が当事者に芽生えてくると感じます。

 大切なことは、投薬治療のみ過剰に期待しないこと。症状にも波があり、経過の中で必ず落ち着く時間(期間)があるということ。この時、ご家族にも当事者に対して回復寄与が可能であると云うことです。


続きは、次回に更新したいと思います。



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アルコール依存症・薬物依存症、人格障害・統合失調症の精神疾患の病院施設搬送は、メンタルヘルスONLINE

by mental-online99 | 2014-01-23 18:23 | 統合失調症 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。神経症 不安障害・鬱(抑うつ)などを語ります。


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