「生きる」とは - 神経症

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OSAKA



昭和12年、東京慈恵医大初代精神科名誉教授、森田正馬先生が神経症者(不安障害)に向けて、「生きる」とはどういうことか、と題し次のように記されています。

※ 以下、現代語訳にて



『「生きる」とはどういう事か 』


病はもとより治さなければならないのであるが、
それよりも大事なことは、
生きなければならないという事である。
然らば、「生きる」とはどういう事であるか。

正岡子規は、肺病と脊椎カリエスで7年間寝たきりであった。
その間も、死ぬ直前までも、何かと原稿を書くことを止めなかった。
病はとにかく、それはそれとして、力をふりしぼって働き通したのである。
これが、「生きる」という事である。

倉田百三さんも、結核性の八種の病気にかかられて、
寝たきりの時は、口授して人に筆記させたこともあり、
あれだけの仕事ができた。

「生きる」ということは、金魚のように、
ただ、あっぷあっぷと息をしているばかりではない。
人間が病気しても、うとうとと、ただ少しでも生き延びればよいという、
ただそれきりのものではない。

人が死にたくないのは、生きたいがためである。
病気が悩ましいのは、思うように仕事が出来ないからである。
神経症が不眠を恐れるのは、不眠が苦しいのではない。
そのために、仕事の能率が上がらないのを悩ましく思うがためである。
対人恐怖(社会不安障害)、赤面恐怖が苦しいのは、恥ずかしいのが困るのではない。
それがために、自分の優越感を満足させることが出来ないからである。

皆、生きる事の欲望の反面の現れである。

死の反面は、「生き盡(つく)す」ことであり、
「生を完ふする(まっとうする)」ことである。
正岡子規も命の限りを生き盡(つく)して大往生をとげたのである。

神経症は、机上論を押し進めているうちに、
病の悩み、死の恐怖という一面のみにとらわれ、
動きもとれなくなったものが、ひとたび覚醒して、
生の欲望・自力の発揮という事に、気がついたものを心機一転といい、
今度は、生きるために、
火花を散らして働くようになったのを
「悟り」というのである。

われわれは第一に生きなければならない。
そのためには、職業は第一の要件である。
すなわち、一方には病、一方には職業を。
必ず天秤にかけて、秤(はか)らなければならない。
この天秤が、均等にするようにかけていくのが、
心掛けのよい、賢者の力である。






不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE
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by mental-online99 | 2018-03-07 22:14 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

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