必死必生の体験

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 連日の猛暑が続いております。体調管理、お気を付けください。

 さて、今日は難しい内容かもしれない。
このBlog、特に神経症などにおいて禅語が使われます。
これは、今は亡き森田療法の恩師、鈴木知準博士の流れがあってのもの。昭和の時代、博士は以下のように述べられています。

 『私の現在の治療法を組み立てるに至ったのは、全く禅とは関係ない。私の著書にもある通り、西洋流の療法から、次第に発達、脱化したものである。強迫観念の本態を知ったのは、心理学的であって宗教的ではない。強迫観念の療法は、その精神の葛藤、煩悶を否定したり、回避したりするものではない。そのままで苦痛煩悶を受忍しなければならぬ。これを忍受しきった時に、そのまま煩悶、苦悩が消滅する。禅やその他の仏教で、煩悩無尽誓願断とか煩悩を断つとかいうけれども、私の療法は決して断つのではない。煩悩のままであるのです。私の著書に、禅語の引用がされているのは、皆強迫観念の治療に成功したのちに、初めて禅の意味が解かるようになったものである。即ち禅と一致するからといっても、禅から出たのではない。私が神経質の研究から得た多くの心理的原理から、禅の語を便利に説明することが出来るようになったのである。」(昭和四十九年)

 さらに、「神経質(神経症)を脱皮した状態は、禅の悟りと近縁性のものだ」とも恩師は言う。

 又、昭和初期、慈恵医大精神科初代名誉教授であった森田正馬博士は日々是好日なる論文の中に、次のようにも言っている。 「・・・禅に関しては、その外、白隠禅師の内観法の真似をしたくらいのものである。それ故禅の公案とか悟りとかは、何だったか見当がつかない。知人の間に公案の十も百も通過した人があるので、たずねてみるが、如何なる場合に悟るか腑に落ちない。はっきり教えてもくれない」と。

 森田療法の創始者である森田正馬博士とその弟子、鈴木博士も心機一転の前に神経症症状の限界状況に陥り、必死必生の経験を通っている。その後医師となり、自らの体験を基に森田療法を創始するに至った。つまり、禅者である盤珪や白隠禅師の禅修行の限界状況同様、仏教臭をとりのぞけば、きわめて近い心的経験であると思われる。

 さらに森田博士が日々是好日なる論文で続ける。
「強迫観念のはからいの無くなった、有りのままの、成り切った心は如何に楽なものであるか、治癒した人が、はじめて経験するのである。しかして、このはからいの無くなった心こそ、仏性論でいうところの、『前に謀らず、後を直らず』ということなのである。・・・私は禅の公案が唯一つでも、例えば『無』が一つ本当にわかりさえすれば、強迫観念はなおる筈だと思うのである」

 このような必至必生の体験があるからこそ、前回の言葉、
「光雲無礙虚空の如し(こううんむげこくうのごとし)」などが、使われるのであります。神経症症状に当て嵌めると、「雲はあるが晴天の如く光かがやいている。一切の不安はさわりと感じられない。光は全身をおおっている。」、と云う事の意味です。



 明日も皆さんにとって良い日でありますように。



不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE
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by mental-online99 | 2015-08-04 21:00 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

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