神経症 心のやりくりをしない 「あるがまま」な心の態度

私の恩師は、「あるがままに生きる」ことを、「現在になり切る」と表現されていた。
森田先生が唱えた「そのまま、あるがまま」の心的態度を神経症(不安神経症・対人恐怖症・強迫観念・神経症性うつ病など)の人たちにどうやってその心を打ち出すのか、を考えてみたい。

 森田先生や恩師、鈴木知準博士の云う「あるがまま、現在に成り切る」は、宗教的雰囲気を一切除いた、人間本来の純なこころの態度と私はとらえている。症状を度外視した、不安になり切る、現在に成り切ったこころの態度である。

 鈴木博士は昭和61年当時、環太平洋精神医学会において「森田療法とその治療効果」と題して40分の公演を依頼されたとき、これを英語による講演をされたわけだが、その折この「あるがまま、現在に成り切る」をどう訳すかが問題となった。これはどうも日本人独特の精神であり、結局「現在を受け入れる」と訳すより言葉がなかったようです。欧米人には当時、この精神を理解されることができなかったことを悔やんでおられたことを思い出します。

 さて、症状をあるがままに受け入れ、ヨタヨタでも必要なら手を出していく。
これは単に知的に解釈するのではなく、実際に行動としてこころみにやってみる生活態度が重要です。私は今、ブログ言葉として書いているが、これは極めて重要なことであるがゆえに説明が困難であるのがもどかしい。

 
 森田博士も、鈴木博士も、神経質症状(神経症)は本来正常な現象であり、これらの人々は内向的、自己意識性、完全欲、強い生存欲の性格的傾向をもっていると語っている。確かに、10代から30代の青年期には自らの身体的、精神的状態において、ほんの少しの異常感覚にも敏感に反応し、不安や鬱状態に陥りやすい。ただ、これに「とらわれ」てしまうと、長きにわたって苦悩することになる。

 この症状の発展を考えると、その症状に注意を向けると、それはさらに強く感じられ、その結果としてさらに注意が強く向き、さらなる症状が強度に現れる結果となる。
 つまりは、不安や鬱を無くそうと、この心の事実をコントロールすると、逆に不安や鬱は強くなってしまう。大切なのは、症状に固着した、とらわれの心をどうやって解決するのかであろう。私たちはこれらを薬でどうこうと云うのは急性期の発作以外に用いることはいささか疑問にさえ感じる。

 ここでは多くは語れないが、大切なのはその不安症状に反対しない徹底して受容した心。
ここを通って、不安があってもそれだけ、鬱があってもそれだけ、それっきりの自由な心の態度、「あるがまま」に至り得ていくと考えるのである。



不安障害(不安神経症), パニック障害・各種神経症の症状と心構え, メンタルヘルスONLINE
http://www.mental-online.co.jp/care.html

◆以下URLにて、皆さまのご感想・ご意見・ご要望などをお待ちしております。
http://ws.formzu.net/fgen/S84758081/
by mental-online99 | 2014-04-16 17:00 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。不安障害・鬱、アルコール依存症などを語ります。


by Mental Health Online
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28