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 ↑  遠くに真っ白な「富士山」が見えます。



  さて、「不安をなくすためにはどうすればいいのでしょうか」、「雑念が湧いて困っています。取り去るにはどうすればいいか」。このようなご相談をよくいただきます。ここで、「平常心」とは何か、今一度述べておきたいと思います。

  皆さんがいわれる「平常心」とは、これまで緊張して高ぶっていた心が何らかの手段によって冷静に変化し、穏やかなこころになっていく...このようなイメージでしょうか。

  私どもは少々異なります。今は亡き恩師は、神経症(不安障害)の患者との問答で、「なぜ不安と感じてはいけないのか、なぜ人前でびくびくして顔がこわばって赤くなってはいけないのか。」とよく反問されていました。

       不安障害(神経症)の人の多くは、初めは不安を取り払おう、無くそうとするところから始まります。一般的に、不安障害(神経症)の人たちが、心静かな「安心」を求める。しかし、この安心を求めれば求めるほど、不安に陥ってしまうといった悪循環に陥ってしまうことになる。

  散々不安と戦い尽くし悪戦苦闘を経て、最終的には「治す必要がなかった。」というところへ心が抜けて行くのが一般的でありましょう。森田学説的に申せば、不安になりやすい、恐怖に陥りやすい、落ち込みやすいなどを持っているのが、そのままの自分であることを行動を通じた成功体験をもって知るに至る。つまり、当初考えていたことと、体験を通じて心が到達するところは全く別ものであり、不安を無くさないとならない、と思っていたことが誤りだったと心が展開していく。

  不安症状を持ち合わせていた人がこの頃になると、云わずとも、「びくびくすること、雑念のあること、不安になること、それはそれでよい。これが自分自身なのだ。」と自覚するようになってくる。これは、不安症状に何ら反対のない、拮抗のない、そのままの心が自分であり平常心であることを云っています。

  不安なまま、不快不満のままで、その今に入っていく。びくびくなまま仕事に入って行く。それに成り切ってしまう事。このとき、不安ではあるけれども、不安や緊張に反対しない穏やかな心の態度に展開していく。

  我が恩師はこの状態を、以下のように説明している。

  「不快に感じ、快に感じ、苦しく感じ、楽しく感ずる、そのままが流れていく。それが平常心である。心に起こってくるもろもろの感じ、そのものが自分自身であり、それでよいのであり、そのままが平常心である。」

 
  明日は大晦日ですね。どうか、皆さま良い御年をお迎えください。


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by mental-online99 | 2016-12-30 22:26 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

人知れず咲く 「桜」

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  この季節になると、仕事帰りにそのまま仲間とスキー場へ行っていた頃を思い出します。今日は昔話を交え、不安と鬱の話を少々。

  先日の夜のこと。写真のように車を走らせていたら、FMラジオから懐かしい松任谷由実さんの曲が流れてきました。すると、夜遅く仕事を終えて、車を何台も連ねて仲間とスキー場へ行っていた頃の自分がスライドショーのように駆け巡りました。
  携帯電話がまだ普及していない頃ですから、車と車の会話は無線。夜中に職場を出発して、早朝にスキー場に着くのですが、写真のように当時はスキーツアーのバスが高速道路を埋め尽くしていたのを思い出します。夜空の下、自分の望郷もまた良しと懐かしんでいました。

 
  さて、このような時代を一緒に駆け抜けて来た同世代から不安と鬱の相談がことのほか多い。子育ての真っ最中の人、ひと段落した人。それぞれ生活歴こそ違えど何らかの精神症状を抱え悪戦苦闘されている。

  そこで、神経症(不安障害)と鬱。この不安症状をどう理解するのか。不安症状の「とらわれ」による悪循環。そしてその心のからくりを身をもって知り分けることが大切です。この部分を単に知っていることと、身をもって体験するのでは今後の景色は大きく異なるように思う。

  特に神経症(不安障害)、神経症性の鬱の場合、特に自分の症状を細かく観察してしまう傾向があるため、その先にある「死の恐怖」にとらわれてしまう。したがって、生き方 < 死の恐怖に人生の多くを費やしがちになる。つまり、よりよく生きたい気持ちが強いから死の恐怖にとらわれる、といった皮肉にも神経症特有の矛盾が生じてしまう。これでは本末転倒であるから、意識的にも「生き方」にこころを傾けていきたいものです。大切なのは、

  自分はどんな死に方をするのか、ではなく、
  もっと大事な事、
  自分はどんな生き方をしていくのか、を問うていきたい。


  春、山奥でひっそり咲いている桜を見た老師が話されました。

   「人知るもよし 知らざるもよし 我は咲くなり」

     「山の中に咲いた桜の花のように、誰が見てくれようと見てくれなかろうと、自分が主人公である生き方をしていこう。人が見ているからきれいに咲く、人が見ていないから辞めるというような裏表のある自分ではない生き方を。」


  他人(ひと)は他人(ひと)、自分は自分。


  みなさんにとって、よいXmasになりますように。




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by mental-online99 | 2016-12-23 21:53 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

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