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 今年一年を振り返り、今一度、「健康とは何か」を述べてみたいと思います。

 ご存知の通り、不安障害(神経症)の多くは、文字通り不安を訴えます。

 不安神経症は詰まる所、病気を気にする、死の恐怖から常に心身の変化を観察する不安の「とらわれ」であります。対人恐怖であれば、他人から良く思われたいと強く思うのですが、人に良い印象を与えられないと不安する。
 強迫観念であれば、考えないようにしようと心を操作するのですが、その考えないようにしようとする計らいから常に観念から吠えられてしまう。

 症状こそ違えど、幹はすべて「不安」。枝葉として、対人恐怖や強迫観念、パニックなどがあります。不安にとらわれ、何をするにも心身の違和感へ注意が向き、常時不安と戦い日常生活にも支障がでている状態。
 
 そんな症状に覆われる中、改めて健康とは何でしょうか。

 不安神経症であれば、病気を気にすると云う「とらわれ」。神経質傾向の神経症に人たちは、その健康にこだわる。その強い完璧主義には、一点の曇りも許せない徹底的な人もいます。
 中には、心臓不安のあまり何度も心電図を取る人もいますし、血液恐怖であれば、その病気恐怖にとらわれて何度も血液検査をする人もいます。

 この健康を考えるに、不安症状が無い状態を健康と云うのではありません。又、血液検査や心電図、CTやMRIなど身体の異常が無いから「健康だ」と思うかも知れませんが、これも違います。一般の健康人でも、心身の状態が悪い日もあります。しかし彼らは少々心身の違和感を感じることはあっても、こんなこともあると思って、活動的に過ごしています。
 そして多少精神的にも不安や憂うつ感、眠れない日もあったりして悩みを抱えているのが普通です。このように誰もが体や将来の不安を抱えて毎日過ごしています。

 健康とは、ある程度の悩みや不快感、不安や憂うつを感じながら、大きな支障もなく生活が出来ている。これが健康です。むしろ、検査結果だけ見れば、神経症の人たちの方が健康な人はたくさんいます。

 神経症の解決には体験的理解が必要となります。教科書で学ぶような知的解釈ではなく、「実際」であります。症状が例え大なりと云えども、小なりと云えども、不安症状を持ち合わせながら、よたよたと手を出していく。そして、「健康人らしくする」と云う事です。

 不安の日あり、眠れぬ夜あり、びくびくはらはらも有り。不安はあって良い。迷うから適切な判断もできる。怖い怖いでいい。それがあなたであるし、何も変わる必要もない。
 大切なのは周囲を見渡し、自らの立場を理解し、気分はあるがままに、状況に相応しい行動をとっていく。ここから不安の解決に繋がっていくのです。

 
 2016年、皆さんにとって良い年になりますようお祈り申し上げます。




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by mental-online99 | 2015-12-29 18:33 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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 ↑ 人なつっこい 野良猫くん。

 さて、不安症状、A氏(仮名)の体験談を紹介したい。
以下は昭和30年代であるため、表現は当時のままでありますことをご容赦願いたい。

 この体験談は離人症状の不安から始まっています。不安と感じた、違和感を感じた、ここで不安があってはならない、感じてはならないと、不安と戦う。戦うとますます違和感や不安が大きくなり鋭敏にもなる。まさに、とらわれの標本ともいえる違和感(症状)を言葉にするとこうなることを学ばせてくれる体験談です。


   「確かに空は青く澄んでいる。それの実在性は一度も疑ったことはない。花の色彩は鮮明である。木々の葉は緑滴たる。朝の空気は清澄である。凡ては実在している。それらの実在を肯定しながら自己の感覚がそれらそのものの姿に於いてキャッチし得なくなった状態。
 鮮明であり清澄でありながら自己の感情が無条件にそれに溶けこまない。見る主体と見られる客体との間にはいつも頭重感,頭痛感,意識の朦朧(もうろう)感が立ちこめて、確かにそれは実在しているのだと感じながら、どうすることも出来ない感情。
 かつては一度も主客の関係において自己を疑ったことはなく、凡てはそのままの姿において自己肯定が行われていた。熱発した場合など客体の変化するのを感じたが、それはそれとして素直にその変化も肯定した。そして解熱と同時にそれはもとに復した。
 しかしある時それが決してもとの姿に帰えらなくなったのだ。恐しい耳鳴りに襲われ、父母弟妹の語らいながらとる夕食の膳に向っても、小さき自己は全く彼等とは無関係の世界に沈み、しきりに電灯の光の変質に首を横にふりつづけなければならなかった。夜毎布団の中で耳鳴りと戦い肉体をつねっては感覚の麻痺した状態を検分しなければならなかった。人々の笑い声も決して現実のものではなかった。虚空に欲するむなしい響きとして自己にはね返ってくるばかりだった。
 ただ沈黙し苦悶し、悲しい諦めと恐怖におびえた冷たい心を抱いて健かな明るい世界の人々の生活のひびきにじっと耳傾けて涙する以外になすすべを知らなかった」(神経質・1960年12月より抜粋)


 今で云う、離人症状を伴った強迫観念の体験談であります。風邪の症状時には、気が風邪に向いているので不安症状はやや薄れている。しかし、風邪が治ると再び不安症状に気が向かって元に戻っている様子がうかがえます。自分が自分でない感じの「自分」に恐怖し、その現実感の無い恐怖がさらに不安を呼ぶ、不安が強度になってくるから身体症状も顔を出すと云った悪循環に陥っている様子も合わせてうかがえます。
 又、ここでは記載されてないですが、入浴時の状態にもふれていました。単に入浴している時は良いのですが、体に石鹸や、シャンプーを髪の毛につけると不安が強くなったようです。

 症状の無い一般人でも睡眠不足などの時には、めまい感やもうろう感、頭が冴えない状態が往々にしてあります。しかし、ひとたびそれに囚われてしまうと、そこに注意が集中する余り、まるで自分が自分でない感じ、或は、きれいな空を見てもパっとしない、心に響かない自分に焦り、焦るから不安が亢進し、ついには不安常住につながってしまう。

 しかし数か月後になり、A氏は次のように述べています。

   「・・・眼がさめ、ふっと自分をふりかえった時、実に平凡な自然の姿の自分が水が流れるごとく動いているのに気づいた。昨日まであれほど、深刻に主体だの思想だのと限りなく厳しい言葉で自己を叱咤していた自分が嘘のように感じられる。この2か月間暗中模索をつづけながら求めてきた自分の姿が実になんのへんてつもない、平凡な姿であったのだ。自然なあり方、平凡な姿、これこそ真の人生である。」

 ここでは次第に不安の正体に気付き始めておられます。合わせて、これまで不安症状と呼んでいたものが、天気のようにころころ変わることも実体験として理解し始めています。


 そしてさらに3か月後、A氏は言います。

    「わずか200mのところにタバコを買いに行き、雨に濡れた若葉の林の中で、町まで用足しに行こうかどうしようかと不安な自己をみつめながら歩いている折、ふっと心がよみがえって来たのだ。
 これだ。この色調だったのだ。と心に叫びながら辺りを見回し、確かめはじめた。自己を包む客観世界の雰囲気は一寸も異なっていない。世界が変わったと嘆き悲しみ、もだえ、不安におののいていた現象とまったく同じものであることを知ったのだ。
 ・・・ここからはもう一直線にある新鮮で素晴らしい自己に行きつけるような気がしてならない。今あれこれと、この気持ちを疑うようなことはすまい。他愛がないことであろと、どうであろうと、味わいつつあるこの感情は尊い。心が躍る。開放は近いのだ。素晴らしい。ただ素晴らしいとしか表現できない。」

 A氏はこのように、最後には、この体験を「治ってきた」とは言っていない。むしろ、初めの不安時と同じ、と言う。ここが極めて大事なところです。
 つまり、最初でも最後でもなく、治ったとか治らないでもない、理屈を超えて、不安はどうでもこうでもいい、「一切これで良い」、とも受け取れる実体験であります。


 誤解を恐れず申せば、A氏がここでさらなる決着を求めていれば再燃だったのかもしれません。知的解釈ではなく、実体験を通じて、「これで良いのだ」と心に抜けたとき、不安があっても行動が出来る、不安があっても問題とならない、相手にもしない心の態度が現れるのです。

 まさに、不安のとらわれから解放された一瞬でありましょう。



 ※皆さんから多くのメールを戴いています。ありがとうございます。
この場をお借りしてお礼申し上げます。

 

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by mental-online99 | 2015-12-26 22:58 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

目的本位に − 神経症

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 ↑ 晩秋の散歩道。地面はイチョウと紅葉。

 不安障害(神経症)。中には自分自身をよく知らないため、自分の欠点ばかりに意識が向かい、これでは駄目だ...と劣等感にとらわれている人もいます。

 いつも申し上げている通り、不安症状を持ち合わせている神経質の人たちは、症状があるから出来ない...と云います。しかし、よく聞いてみると結構出来ているのである。神経症の場合、むしろ症状が無い時は症状を忘れている事が多いため、意識がどうしても症状がある時だけに記憶が集中している。
 このため、症状が無い時、しかも心もからっと晴れ渡った時のことを標準としているので、症状が顔を出すと当然それに悲観し、不安恐怖に陥ることになってしまう。一日、或は週単位で見れば、出来ている事、自分を誉めてあげるポイントは探せば随分あるものなのです。
 
 神経症の人はこのように、出来ている事実よりも気分で良い悪いとなってしまう。
例えば、いつも不安症状に悩まされているTさん(30代男性)が、法事に出席しなくてはならなくなった。独り郷里に向かい法事をこなして帰って来た。ここで彼は言いました。「やっぱり不安症状が出てきて駄目でした...」と。

 ここ、何が問題なのか皆さんわかりますでしょうか?

 Tさんは、目的を達成してきたにも関わらず、不安症状ばかりに意識が向き、不安症状を感じるか、感じないかに重点を置き、本来の目的がすり替えられてしまっています。気分はどうあれ、目的をこなして戻ってきたのですから、それで良しなのです。目的がこのように症状を中心としてしまうと、いつまでたっても囚われからの脱出は遠のいてしまう。

 10のうち、7良くなっていても、残り3良くなっていないからダメ、、他方、

 10のうち、7も良くなったではないかとするのか。


 さて、皆さんはどうでしょうか?


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by mental-online99 | 2015-12-12 22:25 | 不安障害・パニック障害 | Comments(3)
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  ↑ 寒桜にしては色が薄いですね。

 不安障害(神経症)の人が、どうすればこの不安がなくなるのか?どうすれば、動じない心になるのか...?と問います。しかし、神経症にひっかかる人の場合、いろいろ遣り尽くして最終的に行き着くところは、「ビクビクはらはらするのが自分である」と云う自覚であります。こうすれば治るだろう、この不安をどうすればよいか...とやりくりすればたちまち囚われに陥ります。

 つまり、動じない心を作ろうと心をやりくりしてしまう事が「はからい事」になり、結果として不安を無くそうとすることから囚われに繋がっていく。
 まるで、杭に繋がれたロバが逃れようとした結果、縄が杭にどんどん絡まり身動きが出来なくなるようなものと例える事ができます。

 びくびくするのが私。と自覚し、はらはらしながら一瞬一瞬を生きていく。
神経症の人たちはこの自覚をすることによって、現在の自分を受け入れる心が整ってくる。すると、不安があるのが自分、びくびくはらはらするのが自分なので、不安があったとか無かったとか云うことが問題でなくなってくる。

 不安神経症のSさん男性が言います。

    「不安は相変わらず有るといえば有ります。しかしそれが少しも障(さわ)りにならない。だから不安があったとしても雑念や不安に満ちているのが自分なので、その後が続かない。続かないから忘れている方が多く仕事に夢中になっているのです。」

 不安症状が強く出ている急性期の時は動けない人も多い。不安が襲ってきた、辛くなったから布団に寝ころんだ。今動けと言われても辛いから動けない、だから症状がおさまるまで横になっていよう・・、と云うのが多いのではないでしょうか。
 この横になっていて、今動くのはけっこう辛いな...と云う局面でたまたま動かないとならない時、ふっと起き上がってみると、意外と簡単に動けたなぁ..という経験もあると思います。神経症の解決は、その動いたら辛いな、と想像する自分と、実際動けば出来る自分の「溝」をどうやって埋めるのかにあります。これは実体験でしか体得できない部分です。
 
 不安な時は、只々、やれやれ困ったな....と思いながら動いて行く。手術であれば、怖い怖い...びくびくハラハラしながら必要だから事実を受け入れ進んでいく。

 必要なのは動じない心ではなく、怖がりな不安な自分をどうやって自覚するのかです。
怖がりだから、適度な行動がとれる。雑念がいろいろ湧いて迷うから致命的な過ちも少なくなる。迷うから良い、不安を経験したから心の大切さを知り自分も家族も守れるのです。


 
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by mental-online99 | 2015-12-08 19:07 | 不安障害・パニック障害 | Comments(2)
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  ↑ 夕暮れ、航空自衛隊機が2機、見えますでしょうか?


 不安障害(神経症)について、
 昭和初期、森田博士のもとを訪ねた人が、「正常の発見」と題し当時を振り返ります。

    『昭和4年8月、私が森田病院を訪ねたとき、言い渡された診断は、「君の不安も雑念も対人恐怖も治らないよ」というのであった。それは「病気ではない、僕も同じで一般普通の心だからだ」という。「もう帰っていい。どうしても解からなければ、ここで修養(入院)するより仕方がない」と。筆者はいまも、「こんなに悪いのにひどい医者だ」と、思いながら帰ったことをはっきりと覚えている。』、と語っています。

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 我々の日常は不安に満ちています。
責任感の強い神経質の人たちは、職場においてもその徹底さから妥協はしない。安心やストレス解消に繋がるものであれば良いが、心理的な負荷、ストレスをいかに避けるのかが大切になる。自分の心の状態は自分のものだけではありません。家族にも繋がり、連動しています。したがって、これ以上無理するとダメだな、と云う線引き、自分の間合いは心得ておきたいものです。

 一方、この不安心が強くなってくると、胃腸や心臓に違和感を感じたり、まるで自分が自分でない感じ、現実感が無い感じ、卒倒しそうな感じ、嘔吐感、手が震えて文字が書きにくいなど、様々な肉体症状もでてきます。
 ここで、これは何なのか、取り返しのつかない病気になったのか、と不安した自分に不安すると云ったこともあります。特に精神病恐怖は多く、精神が狂ったのではないかと不安を訴えますが、心配しているうちは大丈夫なのである。本当にそうであれば、精神病恐怖は起こせない。

   又、不安の正体は何ですか?と聞かれる事があります。人によっては不安の正体は何物でもなく、精神病恐怖の事例であるように不安している自分に不安していた、と云うことも多いのです。
 不安症状をかかえた多くの人は行動が制限されている人も多い。思想の遊戯で予期不安が先行し外出が辛くなる。確かに行動を起こす前は、不安が不安を呼びとても前には進めない時もあります。しかし、いざ、捨て身になって前へ進んだ時、想像したほどでもなかった、意外と簡単に出来た、と云うところを通って勝ち癖が付いていくのです。


 さて、、自分は駄目だと自責する人も多い中、自分を許し、解放してあげる勇気も必要です。


 自分は一切これで良し。過去も一切それで良し、と。

 我々誰もが、心の底深くにしいんと沈めておく過去があります。そしてそのまま前に進んでいく。いつまでも行動なしでは、扉は開いてはくれません。びくびくでも、はらはらでも曲がり角を曲がった先にどのような景色が広がっているのか・・。それを見ることができるのは、前に歩いた人だけです。
 



 
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by mental-online99 | 2015-12-03 20:19 | 不安障害・パニック障害 | Comments(2)
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 ↑ もうすぐ夜のとばりが降りる頃・・・の武州です。

 不安障害(神経症)、昨日の「守るべきもの」についてメールを何通か戴きました。そこで駄文ではありますが少々お話を。

 不安症状が有るときに食卓を囲む、或は家族での外食等は辛いと多くの人は云います。昨日述べたように、家族へ症状を悟られまい、心配掛けさせまいと踏ん張るその気迫足るものは筆舌では言い難いものです。しかし、それを家族に申し訳ないと悲観するには及ばずです。

 なぜなら、戦い尽くしてきた後姿。
例外もありますが、これらを見てきた家族には、その勇ましさ、生き様足るものは伝わっていると考えるからです。
 我々は、苦悩をはじめ過ちを繰り返しながら生きていく。悪戦苦闘の体験を肥やしに成長していきます。人生に失敗や苦悩なければ、人生そのものに失敗します。その意味からも、時にはこうして悩みに真正面から向き合い、静かに考える時間も必要です。


 不安や鬱と戦った人(不安障害や鬱の人たち)は孤独をしっています。
 
 その孤独の中で自分と戦ってきたあなただからこそ、いつの日か、自分の言葉で、自分の思いを語り、家族を笑顔にすることもできると私は思います。
 つまずいたからこそ見えたもの、、それをぜひお子様をはじめ、大切な人に伝えていってもらいたいと思います。


 
 さて、今日から12月。
この時期になると、携帯も無い時代に流れていたJR東海のCM、「シンデレラエクスプレス」を思い起こすのは私だけでしょうか(笑)



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by mental-online99 | 2015-12-01 21:10 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。不安障害・鬱、アルコール依存症などを語ります。


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