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 ↑ 月灯り。(随分前に撮った満月です。)

 昨夜、一瞬でしたが眩しいくらいの月灯り。そこで、満月ではなかったのですが日光浴ならぬ月光浴を少々。米国では満月の夜をサクセスムーンとして表現し、大切な商談などをすることによって成功すると云ったアノマリーがあるようです。又、エビデンスは兎も角、日光浴とおなじくらい月光浴も大切と云われているようですね。


 さて本題へ。

 「治そうとすれば治らない」、これが神経症とも云えます。

 神経症の不安症状をどうやって取り払おうか、とその事のみ終日専念し、不安と戦えば戦うほど自らの心を縛っていく。体のどこか異常はないかと常に違和感を探す行為が始まると、まさに囚われの状態となりここから病人としての生活行動が始まっていく。

 不安症状やパニックが発現して2週間、或は1か月と云った人たちからの電話も目立ちます。当然ですが、発症間もない当事者の皆さんは「不安を取り払うにはどうすれば良いか?」と云う質問になる。しかし、ここで我々が、寝込んでいないで仕事をしなさい、健康人らしくしなさい、あるがまま、自覚云々と助言しても全く話が噛み合わないのは至極当然の事です。これは致し方の無いこと。

 他方、不安症状に苦悩し、誰にも相談できず家族にも悟られまいとして、震える声で手前どもに相談されてくる。ネットで偶々見付けたと当事者の多くは申されるが、今の時代それも大変な勇気が要る事。得体のしれない「不安」へ独り果敢に立ち向かうその精神力は勇者に値するものであると改めて感じさせられます。

 さて、神経症やパニック障がいにおいて、その不安感を感じやすいのが自分、心身の違和感を即不安と感じるのが自らのキャラクターであると云う、「自覚」を知らしめることが最も大切な部分であります。不安を感じたその瞬間、今ある生活(仕事を含む)が崩れる不安、対人的な不安、取り返しのつかない病気になったのではないかと云う不安等々、あらゆる将来への不安が内発的に頭を駆け巡っているものであります。

 不安を相手にしない、不安を問わない心を得るには、不安と感じる自分を肯定すること。そして、これまで不安を取り除こうと思い、不安と戦ってきたことを辞め、あらゆる生活態度の修正を行っていくことが必要となります。不安を感じたまま日常生活、仕事に嫌々でも入っていく事、これが第一歩となる。

 常時相手にしていた不安を放置し、どんどん健康人らしく外交的へ導くことが大切なのですが言葉で云うは易し。最初は、不安症状を持ち合わせながらの生活行動になりますが、次第にやってみると意外と出来るものだ、と云うところへ心が抜けて行く。すると症状と思っていたことが、次第に当然あるものとして忍受できる心が徐々に形成されてくる。
 
 このような心の態度が発現するようになってくれば、不安は「ただの」不安、であり、これまで囚われていた頃の不安感とは全く景色の異なる体験をするようになる。ここを通れば、不安は探せばあるが、問題とならない、すなわち、問題とならないから心にも留めない、記憶にも留めない。唯々、現実の生活に成り切って生きていく。ここから、あるがままな心が展開してくるのであります。

 但しこれらの部分は冒頭で述べたように、長年の苦悩の後、あらゆる手段を尽くしたのちに展開してくるケースであります。治そうとすれば、それに囚われる余り、不安と戦う結果となる。すると、ますます不安症状と常に同居することになる。
 神経症性の不眠も同様。眠ろうとすればするほど、眠ると云うことに囚われているがため、そこに注意が集中し、眠れないと訴えることになる。つまり、吠えていた犬を相手にしたものだから、逆に追われる結果となった。


 「雲にただ今宵の月をまかせて、いとうとしても晴れぬもの故」
雲と云うのは、雑念や不安のことです。いくら払っても出てくる。仕方がないから、これを放置してみる。すると、そこには囚われはないので、雲があっても心は光に満ちている、と云う意味です。

 明日も皆さんにとって良い日でありますように。




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by mental-online99 | 2015-06-30 20:00 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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 最近、神経症やパニック障がい(PD)に関する御電話が多い。
電話の向こうは、ご面識の無い当事者、或はその親御様。いずれも症状に対し万策尽きての相談が大部分であります。

 お電話の中には、発症して半年未満の人たちも居ます。
なんだか変だな、から始まり段々と増悪してくることに焦燥し、どうすればよいか?と云う内容が多くを占めます。この不安神経症(不安障害)と云われるものは詰まる所、病気を気にすると云う、心の葛藤状態(とらわれ)であります。発症して間もない人たちも大勢おられるので、見解をまとめておきたい。

 神経症における不安症状は、神経質の人たちの性格特徴である内向性、強い意識性、完璧主義などで説明ができる。病気になりたくない、長生きをしたい、人から認められたい、幸せを壊したくない、などその向上心あふれる「生の欲望」が強ければ強いほど、不安感に陥りやすい。中には、その突然現れた強い不安感に驚き恐怖し、その恐怖をした自分にさらに恐怖をしてパニックに陥る人も少なくない。

 不安症状だけを見てしまえば、焦り恐怖感さえ覚えるかもしれない。
しかし、この不安症状がなぜ自分に現れてくるのか・・と云うのを冷静に向き合えばその本態が見えてきます。健康でいたい、病気にはなりたくないと思えば、当然心の裏側には病気になったらどうしよう、と云った不安心が現れる。これが人間らしい感情と云うもの。しかし、神経質の人たちはここで、じっと感覚の違和感と云う不安症状にとらわれ、その結果として常に自分に異常は無いか、どこか具合の悪いところは無いかと症状を探す癖が生じる。まさに心身にアンテナを張った状態。

 本来、神経症と云われる不安感は役立っているもの。これら不安は一番適したところで顔を出してきたと考えることができる。それに拮抗したから、それが「症状」として姿を変え発現してきた。ここでもし、不安感に抗わなかったら、その不安はその人に役立ち、心そのものに足跡を付けることもなかった。しかし、完璧主義である神経質の人たちは、雲一つない晴れ晴れとした青空のような心を求める。ここで一点の曇りでもあれば、気合ををもって取り払おうとする。ここで不可能を可能にしようとする心のやりくりをし、遂には終わりなき不安との戦いが始まると云えます。


 私たち日本で育った者には、昔ながらの武士道や禅的な心が流れている人が多い。
地域性もあろうが、剣禅一味となり、不動な心を理想とする傾向が強い。また、書店へ行けば、このような類の本が山積みになっている。今やストレスが蔓延した平成の世。容赦なく不安心が顔を出す。

 不安心。
この不安心は本来役立っている。不安心があるからこそ健康管理も出来る。家族も守れる。仕事上の気配りも可能となる。しかし、神経質の人たちは、それが有るが故に悩んでいる。本来なくてはならない不安に苦悩し、とらわれ万策尽きたと云う。即ち、あるから良い、と云う事と、有るから困ると云った中央に大きく深い溝が横たわっている。この大きな溝を、彼ら彼女たちにどうやって言葉や行動で飛び越えさせるのかと云う事であります。

 ある人が言いました。「不安は探せばあります。しかし小心である自分には、人前での動機や緊張はしごく当然で、この不安感が無くなった時は、おそらく私の精神や神経が老化し機能しなくなった時であろう・・」、と述べておられる。神経症を解決された達人の言葉です。

 この人ように、不安があることに抗わなくなった、これが自分なんだと深く自覚されたときには、不安は探せばあるのだけれども、少しも問題とならない心の態度がでてくる。問題とならないから、不安が有ったことさえ心に痕跡を留めていない。ある意味、ここまで来ると、禅僧の悟りの境地に似ていますね。


 今日は暑くなりましたね。熱中症にはお気を付けください。

明日も皆さまにとって良い日でありますように。




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by mental-online99 | 2015-06-23 20:24 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

想い

ある精神科、内科医師として有名な方が、とんでもない発言としてNEWSに取り上げられています。
http://news.livedoor.com/article/detail/10244402/

 実は、当社も数年前にこの医師から名指しの誹謗中傷発言をされた事がありました。
(※当社はその当時も一切、誹謗中傷されるような事は致しておりません。)

 有名人からの名指しによるフェイスブック、ツイッターからのリツイートはすごいものです。私の予想を遥かに超える医師を支持する人たちからの中傷メールがあり、これが炎上と云うものか・・・、と感じました。当時、火消しで大変な思いをした記憶が今でもありありと残っております。(笑)

 
 さて、私どもにご足労戴いてい多くは上述のNEWSではないが、すでに疲労困憊され自責の念をもっておられる親御様も多い。その大多数が「私の育て方が悪かった為に、精神疾患となってしまった・・・」と煩悶を長年されている。
 幼少期までさかのぼって原因を追究したり、過去をどうこう述べても解決には至らない。まずは実際に今、目の前で起こっている問題を一つ一つ丁寧に解決せねばならない。
 
 たとえばアルコール依存や薬物依存症であれば、まず第一に何が必要なのか?
それは当事者に対し、1日でも1時間でも早く、アルコールや薬物ができない環境を作ることであります。これには医療機関でしかできない。これはこれまで支えてこられた家族の心理状態を守る意味でもあります。



 視点論点はずれますが、「病気を診ずして、病人を診よ家族を診よ。」

 私的に申せば病気や障がいだけ見て判断するものではない。その当事者及び家族の背景、言い出しにくい思い、経済的な不安等々、そのカルテの裏側にある見えないものを診ることを願ってやまない。それだけに、今日の報道は、障がい者を支えるご家族を思うと極めて強い憤りを感じます。

 


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by mental-online99 | 2015-06-18 21:27 | うつ病 | Comments(0)
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 ↑ 東北新幹線で北へ 

 神経症やPD(パニック障がい)と云われる人たちの多くは、その完全主義の余り、「まあいいか・・」が無い。

 他人を見ては、「私にはあれが無いこれも無い、もっと人から認めてもらわなくては、」、と御自身を悲観しては鼓舞する。隣の芝生は青く見えるではないが、これらは育った環境も影響すると感じる。特に親兄妹、配偶者が自分より学歴や職業、対人関係が良かったりすると、一層この傾向が強くなることが散見される。

 
 さて、私たちの心は、常に浮き沈みしているのは周知の如くです。
さっきまで心もスッキリしてたのに、数分後には気分の沈みや不安が襲ってきた、と云うのは神経質でなくてもよくあること。
  
 しかし、神経症やPDの人たちはここで、この浮き沈み感が「あってはならぬ」、と自分の意志の力で都合のよい状態に変えようとやりくりする。一時的にこのやりくりが成功すると、次の機会あのとき出来たのに今度はなぜ出来ぬ?と焦り、不安と混乱が生じる。ここから益々「とらわれ」が堅固になっていく。

 本来あるべき、人間らしいこころの流動変化であるにも関わらず、自らの意志をもって心の状態を都合よく操作しようとするところに問題が生じる。しかし、ここでいくら言葉をもって助言しても体得できるものではありません。

 体得、これには健康人らしい生活態度が基本となる。
神経症やPDの場合、症状を治すことを目的にするのではなく、「今」に即した生活態度をまず身に付けることが最大の目的となる。その副次的な産物としてこころの解決がある。

 神経症やPDの場合、その苦痛な症状の余り、”本当の”病人のような生活になりやすい。仕事も辞め、自宅にいる時間が増え、自ずと「暇」と向き合う時間も増える。これはまるで気を紛らわすことのできない、不安とまともに向き合う美容室の空間に似ている。

 元来神経症やPDの人たちは、あれもやりたい、これもやりたい、人から認めらえたいと、鬱とは真逆の猛烈な欲望に燃えておられる、しかし、完璧主義の症状が邪魔をして行動に移せないことで心に葛藤が生じる。まさに葛藤=不安症状である。
 ここから始まって、心のやりくりを繰り返し、堅固なとらわれに至ったのが症状と云えば症状。

 
 不安になる、落ち込む、恐怖する自分。
その取越し苦労の不安症状は、良くも無く悪くもない。そう感じるそのものが自分自身である。それが、まぎれもなく自分自身と自覚できたところに、とらわれ停滞していた心が徐々に流れだしていくのであります。

 
 そのためには、一途に健康人らしくすることです。



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by mental-online99 | 2015-06-15 20:00 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

神経症における「不問」

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  ↑ エキナセア。

 神経症の解決について最も重要な事は、「不問」であると、恩師鈴木知準博士はよく仰っていました。
つまり、神経症の人たちは、自分の不安症状がどうやったら取り除けるか?、と云う事を延々と聞いてこられる。はじめは丁寧に答えるのでありますが、あまりに何度も聞いてこられる場合はあえて答えないで、行動を通じて知らしめるような生活態度を重んじてこられた。

 りんごを食べたことのない人に、言葉をもってその味を知らしめる事はできない。
これと同様、大事なことは言葉で聞くより、実体験をもって答えを体得しなさい、と云う事になる。しかし、それでも「すぐにすぐに、、」と質問が絶えない。このすぐに不安を安心に変えようとする完全欲を、どうやって断ち切るかが課題にもなる。

 同様のことが、「禅僧」の修行の場でもあったようです。
禅の悟りとはどういうことなのか?と云った抽象的な質問に対して、高僧が「麻三斤」と答えたと云う逸話があるようです。これはどういう事かと云うと、質問に対して全然相手にしていない、とんちんかんな返事と云うことになります。不問は一見、不親切に聞こえるかもしれないが、「言葉」を必要としない空間も必要なのです。これはおそらく、武士道、茶道を重んじる日本人独特のモノなのかもしれない。

 
 一方、森田正馬博士が云います、
「心臓恐怖のときは不安でびくびくになっている心理的態度、その現在のまま、それに成り切った心理態度が平常心であり、『あるがまま』であり、しかしてこの『あるがまま』の心理状態はびくびく即悟り、言葉をかえると、びくびくを超えた心理的態度の転回になっている」、と。

 つまり、不安を安心に変えようと工作するのではなく、むしろその不安の状態、不安の現在に成り切ったところに、心の転回がある。風邪を引けば、風邪になりきるほかない、暑いなら、暑さのその現在に成り切る。このように、不安を操作することなく、むしろ不安と同居しながら生きる態度を知り分けることが大切です。


 明日も良い日でありますように。



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by mental-online99 | 2015-06-10 20:50 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

大きな誤り - 神経症

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  ↑ 梅雨に入りましたね。アジサイが絵になる季節となりました。雨もよろしいものですね。

 さて、神経症の人たちにとって、症状を言葉にすると云う事は、ある意味、ますます「とらわれ」を堅固なものにしてしまう。たかが言葉でありますが、神経症の症状を口にすることは他の病態と全く異なる性質を持つ。

 すなわち、愚痴として言葉にしたその瞬間から、言葉にした通りの症状が一つ、また一つと地層のように固着していく。そして、自身への執着、症状に対する「こだわり」の殻がいっそう固くなり、不安症状がまるで「癖」のように現れる結果となる。

 多くの不安障害は、症状を取り払うことを目的としているところが多い。
或は理論をもって結論で心の安定を図り勝ちにいこうとする。しかし、これはその場では良いが、長い時間軸に置き換えて考えてみると、如何に努力しても精神的安定は得ることはできないことを私たちは知っている。

 私どもの云う、不安の肯定。不安を肯定する態度を、行動を通じ身をもって知ること。
即ち、体験的に理解することが、最も重要である。喜怒哀楽同様、不安はなくてはならない。やがて不安は本来役立っていると云うこと、追い払う必要がなかった、とする心の態度に多くの神経症の人たちが到達する。これらを知的に解釈するのではなく、経験をもって血肉にしていく事が大切なのであります。

 不安を安心に変えようとしたその心のやりくり、その瞬間こそ大きな誤りであったと気付くのであります。



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by mental-online99 | 2015-06-09 20:37 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

かけがえのない自分

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 寒暖の差が激しいですね。風邪など召されませぬように。

 さて、神経症の人たちは、自分の症状が他人とは異なって、特別重い症状と考えがちであります。類縁の友のごとく、同様に苦しむ人を前にしても、自分の場合は、〇〇だからと何かと言い分を述べる人が多い。それほど強度に苦痛を感じているからこそ、症状が頭から離れることができない。まさに「とらわれ」の領域であります。

 「自分は皆と違って特別に症状が重い」。
このように思っている場合、この苦痛は神経症の誰もが、同じ重荷を背負っていることを知り分けねばならない。
 しかし、私の経験ではなかなかこの部分を言葉をもって説明しても、知的に奥深くまで知らしめることはできない。ある意味、人生における禅問答のようなものである。

 悟りの境地、と云えば何か真っ向臭く聞こえるかもしれませんが、闘病などにおいて人生を悟った人たちは、やはり苦しむだけ苦しんだ後に到達した、心の転回に気付くことができます。人を慈しむ心とて同じこと。人を単に肩書、学歴、家柄等、色眼鏡のみで価値判断するのでなく、見えないものをみなくてはならない。医療で云うなら、病気を診ずして病人を見よ、である。

 私たちの心は雑念に満ちている。
考えないようにしても、喜び憂い、後悔と悲しみなどを繰り返しつつ時は過ぎていくのであります。あの時、あのようにすれば良かった、、、と何度も思うことがあっても、あの時はあの時で自分は精一杯限界だったのである。
自分には光と影が明らかに存在し、これが良いとか悪いとかと云う事ではない。これ以外、自分と云うのはないのである。
 
 かけがえのない自分であります。時に、大きく飛ぶために、大きくしゃがむ必要もあります。
現在の境遇が、苦しかろうが、悲しかろうが、それ以外の自分はない。ことさらに、自分を変えようと心を操作するのではなく、心の葛藤のまま、そのまま今を生きるのみです。

 この自覚が芽生えた時、心の葛藤のまま、症状のまま前進する態度にかわってくる。不安症状があろうが無かろうが問題の無い心の態度に形成されていく。
 多くの人は、「今」に安定することができない。今の自己に満足せず、自己以外の理想像を追い求める。ここから、かけがえのない自分から遊離して、観念の葛藤に入り、悪知となり、囚われの身となるのであります。

 「大事と申すは今日只今の心なり」
今の一刻、一刻を楽しくとも、苦しくとも、只々前進している日々が「日々是好日」であります。


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by mental-online99 | 2015-06-05 20:29 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
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 ↑ 武州の夕暮れ (陽が長くなりましたね)

 このところ痛ましい事件や映像が、当たり前のように流れてくる。TVリモコンを押すとたちまち気分を害するような映像やニュースが流れてくるので、ワタクシも最近TVは付けておりません。

 小学生が自殺することが普通に報道されるようになった今日の日本。企業戦士として働く社会人にとっても、一歩外へ出れば相当なストレスであります。その結果として日本人口の4人に1人が精神疾患と云う統計になっているのが実際。但し之は、未治療、受診されていない人達は含まれていない。

 このような時代だからこそ、自分だけの「護心術」を持ち合わせ体得しておきたいもの。
護心術とは少々大げさでありますが、リラクゼーション法です。これらは一般サラリーマンでも行っていることで、「自分だけの・・」と云うのがポイント。したがって、個々のプライバシーな領域にも入ってくる事柄なので、なかなか話題になりそうでならない。

 例えば、私の周りを例に挙げれば、普段からの予防法として、、
① 純正アロマオイル(独自のブレンド)をティッシュに数滴垂らし、こまめに吸入している。
② 爪もみをする。
③ テアニンを用いる。
④ α(アルファ)波、音楽を聴く。
⑤ 太陽を浴びるのと同じ、光療法を用いる。
(注)すべての人に同じ方法が適しているわけではありません。

 などなど、その他多くの、独自のリラックス法があるようです。

 発作的症状は、頓服を服用することになりますが、そうならない為にも、日ごろから自分だけの予防法を身に着けておきたいものです。

 皆さんの、「私だけの対処法、予防法」があれば、ぜひご紹介いただきたいと思います。


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by mental-online99 | 2015-06-04 20:55 | 不安障害・パニック障害 | Comments(2)
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 ある神経症に悩む人が云います。

「仕事に対しても興味がもてない、無気力に襲われる。花を見ても美しいと感じないし、美しく感じたいと欲望さえ生まれてこない、、」と。

 神経症症状に囚われている時は、美しいものを見ても美しいと感じることが出来ないことはよく有ること。
なぜなら、常に注意が不安症状へ向いてしまっているからです。気を紛らわしたところで、自ずと症状に注意が向いてしまい結局不安に陥る。すると、その不安症状に恐怖する余り、ますますこころが囚われ停滞を引き起こす。ここで、その不快感、停滞があってはならぬと、不安と戦い追い払おうとする不可能な心の操作の連続から、「煩悩の犬 追えども去らず」になってしまう。

 しかし、この心の停滞はやがて雪解けのように自然と流れてくるものです。
また、ここで心が停滞してしまった事に焦り、誤って大変な病気になったと思ってしまうと、ますます不安感は大きくなる。今すぐ、やる気欲望がわいてこないとダメだと思うのは誤りです。欲望がわいてこないままに、困った困ったと思いながらも、ヨタヨタと必要なことに手を出していくことで、心も動き出す。この勝ち癖を繰り返していくと、やがてその対処法も体得するようになる。

 神経症の場合、やる気が出ないのではなく、やる気が出てくるまで行動しない人が多い。
所謂、泳げるようになったらプールに入ろう、のように。
言い換えれば自分は病気だから、と諦め布団に逃げ込んでしまっていると、本当にお爺さんお婆さんのような生活になってしまう。その年数もあっと云う間に5年10年が過ぎゆく。
 
 これだけは強く申し上げておきたい。

 神経症において、諦め、自信を無くすことは早計である。
常に、最強の敵は「病気」ではない。自分自身であります。


 一度、痛めた心と云うのは、幼き頃の背丈に似ています。いつ伸びたのか、変化したのか自分では全く自覚がない。しかし、測ってみると確かに伸びている、と云ったように、客観的にみれば確かにこころも成長していくものであります。まるで植えたばかりの苗を、毎日引っこ抜いて「どれほど成長したか?」、「まだかまだか!」と焦る気持ちも大敵です。


 明日も、良い日でありますように。


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by mental-online99 | 2015-06-02 20:28 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。不安障害・鬱、アルコール依存症などを語ります。


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