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題名に、少々大げさではありますが、「患者搬送現場から看た」としました。
しかし、これは強制入院、その患者搬送現場や退院後の臨床カウンセリングの場で多くの罹患された人たちと、真正面から向き合ってきた我々からすると決して大げさではなく、むしろ罹患者たちの繊細な心が垣間見れるように思う。

 これら薬物依存症やアルコール依存症に関し、情報を書店などで購入しても、多くは「依存症とはこのような病気」、「家族はどうすればいいのか」、の内容が多い。いわゆる、家族側からの目線で書かれております。肝心な、罹患者がなぜ薬物やアルコールに手を出したのか、なぜ出さなくてはならなかったのか。この部分が書かれているものがきわめて少ない。どうもぼやけてしまっている。

 以下は、私のいわゆる患者病院搬送を経験した現場、及び罹患者退院後の臨床カウンセリングで経験した現場を基に記述しておきたい。決して依存症を美化して書いているものではないことを最初に申し上げておきます。

 「なんで薬物なんかやったの? なに考えてんの、死んじゃうよ」
これはその昔、救急搬送である医療機関に到着。その直後、診察室でDr.から患者へ最初の言葉であった。我々は後方で控えていた。

 なんで薬物をやったのか、、。この言葉を私の説で申し述べたい。(所謂、反社会的事象は除外する)

 薬物依存症、アルコール依存症、その罹患者たちの多くは、薬物・アルコールに手を出すまでに相当の苦痛や悩み、トラウマ、何らかの病的精神症状を伴っている場合が多い。その時間、期間というものは家族でさえ気付かない、と云うか罹患者たちが気を使い家族に気付かせない、と云うほうが適切だろうか。

 ある罹患者は、仕事や対人関係で苦痛を伴い、強い「うつ状態」に陥り、本来であれば自殺していたところを、この薬物、あるいはアルコールに手を出すことにより、今日までなんとか生き延びてきた。つまり、罹患者の苦痛や悩みを解決しようと悪戦苦闘し、一方で自分の家庭内でのプライドを守るために、行き着くところ薬物やアルコールになったとも考えることができる。

 また、私に次のように答えてくれた罹患者もいた。
薬物やアルコールを入れることにより、「怒り」を止めることができた。家庭内で暴力を止めるためにも薬物を入れる必要があった、と。このように薬物やアルコールにはいみじくも怒りや興奮を劇的に抑制してくれる作用をも持つ。

 しかし一度、依存症にまで進行したものは、「辞める宣言」など掛け声だけで絶つことは困難であることを私たちは業務経験上知っている。その多くは、不眠症状やうつ症状を訴える罹患者が多い。また、周囲から慕われている、いわゆる人に対して弱気な自分が出せない立場の人、相談する相手がいない人は、自分でその苦痛を解決する方法、手段を模索し悪戦苦闘した結果、行き着くところがココであった、と説明してくれた人たちもいる。

 一旦、「うつ症状」が発現すると、薬物やアルコールを入れることにより気分は↑に行く。しかし、薬物やアルコールはたちまち切れてくるので、再び「うつ症状」が発現し、気分は↓に行く。この「↓」、と云うのは罹患者が前回経験した「↓」よりも、一層強い「↓」が"毎回"のように生じてくる。
 すると、再度、前回以上の薬物やアルコールを入れることになる。これが繰り返し繰り返しになり、こんどは「耐性」ができてくる。つまり、これまでの一定の薬物やアルコールでは効かなくなってくるのが「耐性」です。

 耐性が形成するころには、身体依存が生じる。いわゆる、薬物やアルコールが切れると、今度は耐えがたい苦痛が生じ、特有の離脱症状が発現するようになる。一方で、ここまでくると内科的疾患や呼吸器系、神経疾患も併発している可能性も否定できない。

 これらを解決するには、先述のように掛け声だけでは困難である。また、自宅環境でも困難である。
厳しいようですが、ここから先は毅然とした家族の対応が求められます。依存症を起こしてきた環境と切り離した治療が必要となります。

 依存症にまで陥った罹患者を助けることができるのは、法的にも配偶者、または親御様、ご兄弟などのお身内でしかない。たとえ、罹患者本人が、治療を要する状態にありながらも入院を拒んだ、あるいは日常生活に支障をきたしているとすれば、罹患者ではなく配偶者や親御様たちの権限で強制入院をせしめていく方法をとらざるを得ない場合もあります。
 あとあと、恨まれはしないか?というリスクよりも、治療介入が遅れて罹患者の病状が進行するリスクのほうが、リスクとも考えられます。

 次回は、罹患者の心理状態について更に深く触れていきたいと思います。

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by mental-online99 | 2014-02-18 20:56 | アルコール依存症 | Comments(1)
私は毎日多くの統合失調症の人と向き合ってお話をいたします。
私の経験上、統合失調症、その病型や症状などは10人10色です。誰一人として、同じ「型」はありません。統合失調症の発症時は前駆期と云われ精神科医師もわからないくらいです。幻聴や被害妄想が活発になるころには、日常生活も支障がでて、その家族も対応に追われることも少なくありません。症状が活発になってくると、いわゆる強制入院と云われる医療保護も必要なケースが多くなります。

 以前、私が担当した統合失調症の女性、Aさん。
彼女(以下、Aさん)も何度か医療保護(強制入院)を繰り返しました。その経過と云うのは語るるに及ばず、患者様を持つご家族であれば大凡の想像はつくと思います。
 そのAさん、現在はこの統合失調症と向き合い一生懸命に「生きる」ことの大切さを強く感じていると言います。家族の大切さを知り、統合失調症と闘いながらも懸命に社会復帰を成し遂げ、今や町の医院に勤務するまでになりました。

 Aさんが言います。
「毎日、意欲減退があってだるい、勤務に出るのもつらい、でもね私には夢があるの、だから頑張る。つらいのは私だけではないんだよね? 症状は私だけではないんだよね?」、と。

 私はあのAさんが、ここまでひた向きに頑張り、そして再生されてなんにも染まっていない真っ白な「心」を持ち、生きる力強さを目の当たりに見てきた私。上手くは言えませんが、人間の持つ治癒力や罹患してもなお成し遂げようとする生命力に、私は改めて襟元を正す思いにさえなりました。そして家族に心配させてはならぬと、家族に内緒でこっそり私に電話をしてくるその姿に又、心を打たれてしまうのです。これは何度経験しても心を打たれる。
 ふと、私は思うのです。教えられているのは私たちのほうではないか?、と。

 統合失調症。先述のように10人いれば10通りの「型」があります。急性期の幻聴や被害妄想など活発な症状によって支障をきたした時期、いや、今まさにその時のご家族もおられます。
 誤解を恐れず申せば、私が思うに、彼ら彼女たちは悪くない。悪いのはすべて「病気」。病気がそうさせているのだと。

 実際、Aさんを例に申せば、彼女は急性期当時をほとんど覚えていないばかりか、見事に人生の「殻」を割ってまさに今、再生しようと懸命に生きておられます。今となっては、過去云々ではなく「今をどう生きるか」であります。この一瞬一瞬を、「生きる」。

 茶道においてこのような言葉があります。
「関  南北東西活路通」 (せき なんぼくとうざいかつろにつうずる)

 「ひとつの関所を超えれば、どこでも行ける」と云う意味です。
私たちの人生にはいくつもの「関」があります。それは、たとえば就職や結婚、入学も「関」。今、この一呼吸も「関」。つまりそれだけの「関門」をくぐっています。突然大きな「関」がくるわけではありません。それだけにこの一瞬一瞬が大切なのです、という自分への戒めの言葉なんですね。


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by mental-online99 | 2014-02-11 16:30 | 統合失調症 | Comments(0)

 このような歌があります。

 「心に伝え眼に伝え 耳に伝えて 一筆もなし」

 この歌は、利休の孫の宗旦が残した歌であります。どういう意味かと云うと、「茶の湯は、心や目や耳で覚えるもので、書いて覚えるものではない」と云うことです。

 この平成の世の中、なんでも手に入る豊かな世ではあるのですが、なんとも閉塞感のあるせわしなく不安な日常であります。この言葉をこの世の中に置き換えてみると、次ように読み取れます。

 様々な情報や知識、あらゆるものがインターネット等を通じて手に入ります。しかしそれは裏を返せば、情報や知識などはいくらでも入ってはくるけれども、自らの目で見たこともなければ耳で聞いたものではない、心で感じたものでもない。
 だから戸惑いや不安や自信喪失につながりやすい。

 仕事も同様で、本当に自分の経験として知識や技術を得たいのであれば、それに向かって自分の目で見て、自らの耳で聞き、自分の心で直接感じなければなりません。

 そこを通って初めて、生きた知識や情報が身に付き、経験、実績、ゆるぎない精神、根の深い生命へと変わっていくのです。

 その昔、不安神経症から回復した30代男性から、次のような相談がありました。
「親から進められて雑貨店を開業したが、全然お客がこないから店を辞めようと思う」、と。聞いてみれば、彼は事前に一応開業に関わる書籍を読んだようですが、開店にかかわる費用(テナント契約・店内改装・仕入先の確保)などはすべて親御様がなさったようです。どうやら彼は病み上がりを理由に、親御様から息子が後々困らないようにと出店を勧められたようなのです。

 このように、実体験としての知識経験(行入)と、仮想での知識経験(理入)では見える景色や心持は全く異なります。誤解を恐れず申せば、私の云う、道を知っている者と、歩いてきた者では全く異なると云うことです。これはどこの世界、分野でも云えることですね。

 これら自らの眼で見て、聞いて、歩いてきたものは、たとえ大海原で嵐にあったとしても、次に来る風がプラスなのかマイナスの方向か、それがなんとなくではあるが見えてくるものです。迷うことはあったとしても、不安で絶望することはないのです。

 失敗するかどうかはやってみないと分からない。しかし行動しないことが最大のリスクであり失敗でもあるのかもしれません。
 


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by mental-online99 | 2014-02-10 18:56 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

 アルコール依存症や薬物依存症の対応依頼がことのほか多い。また、これら事案の約60%以上が一刻を争うような深刻な状態であり、我々が現地へ赴き患者(以下:当事者)に接触し医療介入支援、あるいは心理指導等の対応をした処理件数も通年の倍以上になっています。私どもの経験上、アルコール依存症や薬物依存症(脱法ハーブを含む)を述べさせていただくと、次のようになる。

 1.依存症は自らで治せない、と知り分けること。
 2.「病気」であると認識すること。「しっかりしろ、など掛け声ではどうにもならないのが依存症」
 3.患者(当事者)だけの問題ではなく、むしろ周囲の家族のほうが病んでいく傾向がある。
 4.専門医師に従う。(従って国内でも限定される)

 
 アルコール依存症、薬物依存症、これらは気合や気持ちの入れ替え云々で治せるものではない。我々も年間多くの患者と云われる当事者と向き合っているが、一方で親御様や周囲のご家族から「もう(薬物やアルコール)辞めると言っているので、息子娘を信じてもう少し様子をみてみる」と長引かせてしまうのがある。

 当事者ならよくわかると思いますが、日常生活に支障をきたすまで陥った依存症がこのような「辞めます」宣言をして根治した、と云うのは残念ながら私たちの経験では無いように思う。誤解を恐れず申せば、その後何かあれば近所の病院にかかります、と言われるご家族もおられますが、これも経験則として何の解決にもつながっていないのが現状であると考えます。なぜなら、医師であってもこれら依存症専門と云われる分野は極めて限定的になるからであります。少々的は外れますが教師に例えて云うなら、一般数学の先生に、社会それも中東情勢に絞って詳しく回答求めるようなものであろうか。

 アルコール依存症や薬物依存症は、このように近所の病院でどうこうと云う問題ではないと考えます。これは専門医師でないと奥深く対応ができないと述べることができます。これらは経験したご家族であれば深く理解できるでしょう。また、これらの依存症は、

①当事者や家族がまだ健康の場合
②経済的に余裕がある場合
③家族関係がなんとか保たれている場合
においては、たとえ当事者が身体的精神的な病魔に襲われ初めていても、その深刻さに気付けない場合もあります。このどれかが崩れて初めてその本態を知るケースが多いとされる。業界用語で云う「底打ち・底抜け」局面である。

 また、教科書的に家族会や自助グループ等へ行きなさい、と指導する医療関係者もいますが現場の声を多く見聞きしてきた我々からすると少々慎重になる。
 もちろん家族会、自助グループを否定するしているのではなく、むしろその活躍には大いに敬意を表するところではあります。しかし一方でこれらに参加することによって地域の人たちに自分たちの逼迫した家族事情を知らせることになった、参加したのはいいが最終的に社会的評価を低下させてしまった、と声を大にする家族も我々は多くみてきたのも現実であります。

 さて、当事者の症状に関して述べておくと、アルコール依存症の場合、楽しく飲めていたころの「酒」と依存症になったあとの「酒」では見える景色や精神状態はまるで異なる。アルコール依存症や薬物依存症の場合、飲んだあと(吸った後)は気分が↑になる。繰り返していくうちに、この↑の精神状態が当事者にとって基準ラインとなる。そのうちアルコール(薬物)が切れてくれば、今度は気分が一気に↓になる。そうなると当事者からすれば一大事であり、飲酒や薬物をすることによって気分を持ち上げる悪循環に陥る。ひどくなれば、アルコール(薬物)+抗精神薬(あるいは鎮痛剤など)+睡眠導入剤というケースも多い。

 ここまでくると多くは内臓疾患や神経疾患を伴っている場合が多数診られる。また、食欲不振や体重の激減、吐血等など様々な問題が合わせて生じてくるのが一般的です。大切なのは、当事者はもちろん、支えているご家族が毅然とした治療に向けた一歩を早期に踏み出すことにあります。根拠なき様子見が最大のリスクと云えましょう。
 また、薬物依存症(脱法ハーブなど)にいたっては現場経験上に経済的に恵まれている当事者が多いと云われています。合わせて渡航歴がある場合が多い。

 いわゆる強制入院の形態をとらざる得ない当事者も多い中、経済的に底をついてしまってからでは遅いのである。というのも、もちろん当事者の回復までには長い外来通院や入院なども必要。保険がきかない場合もある。我々がよくみる場面で「入院費がだせない」と泣き崩れる家族もいる中で、共倒れになる前にいかに当事者の異変に気付くのかが大切であります。

 

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by mental-online99 | 2014-02-07 18:16 | アルコール依存症 | Comments(0)

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昨日から関東地方も雪景色でした。
寒暖の差が激しいので、皆さんも体調管理には気を付けてください。

 さて、随分以前(10年以上前)に不安障害・パニック障害・抑うつ症状、対人恐怖症や強迫性障害の人たちと座談会を開催いたしました。
その時の模様を、所々抜粋して記述しておきたいと思います。あくまで、神経症と云われる不安障害・パニック障害等に適応する内容であります。

不安と闘わない心の態度の展開
 真田(仮名):38歳、自営業をしています。不安神経症の不安症状が悪くなったと自分で感じたのが、8年前の5月だったと思います。最初は、○○医大にお世話になっていましたが、主治医には大変お世話になったのですが、正直多量の薬を処方されるのみで次第に疑問と先々の不安が生じてきました。
 当時、不安症状はいろいろありましたが、一番困ったのが外出恐怖で、心臓がドキドキと動悸がするので乗り物が一番困りました。特に、特急・新幹線には一番難を要したことを強く記憶しています。しまいには、自分で運転している自動車のハンドルさえも持つことにも耐えられなくなり、パニックを起こすようになってとうとう運転さえもできなくなりました。しかし、うまく言えませんが大きな心身症状は乗り越えさせて頂いたように思えます。その後も、やはり症状は起こりますが、だんだん薄れていきました。それがまた、自信を増して、良い方に循環する心の動きが始まったとでも申しましょうか今はもうあまり、これまでの辛い思いをしないで日常生活をおくれるようになりました。

 私
:真田君は今でも不安症状はあるでしょう?。不安が来るとどうなりますか?

 真田:確かに不安が来るのですが、でも不安があるのが私自身なんだという考えを持てるようになりました。今でも不安は探せばあります。しかし必要なら、電車も乗りますし運転もします。

不安症状を感じても必要ならやっていく、勝ち癖をつけていく
 私:生活や仕事の中で必要なら症状はどうであれ行動しているということですね。これは一番大事なことです。それが出来るようになってきたということですね。最初はどう抗っても不安と闘ってしまう。ところが、不安と闘わない心がやがて発現してくる。しかし、これは自分の意思とは関係なくいわゆる内発的に出てくるので、自分の力で作れるものではないということです。自然にこのような心的態度が身に付いてくる。心が強化されてくる。我々は、一切の症状、心臓がドキドキするとか、歩行困難感やめまい感とか、不安発作があったとか、いろいろありますが、それを相手にすることなく放置しておいて必要な事をただ行うことだけです。その時、われわれの心が内発的に強化され変化していくものなのです。

 初めは、こうやれば治るだろうとか、そうやれば治るだろうと心の操作をやっている。しかしこれは、止むを得ないことです。どっちへどう転んでも治そうとしていますからね。そのうち、治そうとする態度がなくなってくる。この時、心が動く。そして、さらにはこの時、症状は問題とならなくなっている。この心をどうやって打ち出そうかということです。しかし、これは知的に理解したからといって出来るものではない。それで今、新幹線に乗りますか?

 真田
:必要があれば乗ります。

 私:中村君(仮名)は自分の家から全然出られなかったですね。何年自宅から出られなかったのですか?

 中村(30代男性 仮名):
約3年です。もともと私はボクシングをやっておりまして、体だけは絶対に自信を持っていたのですが、ある日突然心臓がすごい乱脈、不整脈?期外収縮も数え切れない位の症状があらわれました。呼吸困難感も激しく死ぬかもしれないという恐怖で近くの病院に友達に連れて行ってもらいました。その時心臓神経症と言われましたが、自分ではどうしても納得できなくて、それ以来いろんな病院、クリニックを転々として調べてもらいましたが、いずれも神経症と言われました。そんな馬鹿なことはないということで、心電図だけでも10回以上は取って頂いたのですけれども、いずれも異常はないということだったのです。
 催眠療法やそのほかいろんなセラピー療法もいたしましたが、全然良くならず、むしろ悪くなる一方でした。それでとうとう会社にも行けなくなり、自宅で寝ていたのですが、起きることもできないし、便所に行くだけでも息が荒くなって全く動けない。たまに気分のいい日に近くに行くのですが、いつ倒れてもいいように、どこの町に○○科の病院があるというのが頭に入っていないと動けないのです。
    

やけくそになって恐怖突入の体験

  私:2−3年前頃でしたか、新幹線で東京から大阪まで行ったことを話してください。
 
 中村
:当時、就職の面接で東京から大阪に行くことになりました。大手の商社の面接だったのです。しかし、どうやっても不安で怖くて新幹線に乗れない。しかたなく困り果て先生に駅待合所からTELをいたしました。そうしたら、「乗りなさい」と冷静に言われ、どうしようもなく東京駅の新幹線乗り場ホームに行きました。しかし、不安が強く足もヨロヨロ状態でした。それで私は、新幹線乗り場のホームから、再度先生に電話をして、「猛烈に不安が強くどうしようもありません。もう無理ですわ、新幹線は少し私には早すぎました....」と先生に言いました。すると、先生は「行きなさい!ここで帰ってしまったら、君は生涯寝たきりになってしまう。とにかく私の言うとおり、私を信じて行きなさい!」と再び冷静に説得されました。

 私は仁義というか道義というかどうしようもなく、このまま帰ったら先生にも申し訳ないという強い将来への不安感と、現在の不安感とで、とにかく必死だったですね、あまり覚えていない。それから、思い切って新幹線に飛び乗り、列車の扉がしまり、いよいよ出発するというので、もうどうしようもなく、新幹線出入り口の窓に顔をくっつけて、じっと立ったまま我慢していました。そして、30分くらい経った頃からでしょうか、座席に移りなぜかわからないんですが普通になってきて、持っていた雑誌にも目を通すほどになり、又、さらには流れゆく窓から過ぎ去る風景が、美しく目に映るようにも感じました。あのときの景色を見た時の感情は言葉では言い表せないくらいの感動でした。同時に、これまでの不安はどこへいったのだろうか・・という感じでした。そして、難なく仕事も終え無事に帰ってくることができました。

 私
:これは、心が動く転回の一番大事なところです。これは神経症、不安症状初期の方々には分からないかもしれない。けっこう難しい部分に触れてきます。不安神経症の解決もまじかになると、このように不安感がどうにもならないという必死な場面を通って、心が強化解決へ展開します。その時はやけくそなのかもしれない。しかし、そのうち、不安から少しも逃げようとしなくなる。逃げようとしない場面を通って、不安があったことさえ意識にとどまらないというところへ心が抜けていく。つまり、不安が再燃してくるけれども、それと少しも闘わない心の態度がでてくる。これらは自分の意志の力では作ることができない、従ってこの心的状態は自分では気が付けないかもしれないほど修練された態度なのです。

 
   吉井(仮名)
:30代主婦です。やはり、心臓の不安と外出恐怖、パニック発作の不安です。当時外出の時は、夫がいてくれないと、外出さえできずにいました。車の運転もしますが、特にトンネルと橋の上での渋滞が苦手でした。今は先生のおかげで、日常生活には問題なく、社交的になり普通に暮らしております。当時は、何をするにも不安症状が強くて困りました。

 私
:わたしたちは体の変化や違和感を鋭敏に反応する、いわゆる病気を気にする状態の改善を目指す。改善というか、変化違和感を相手にしない自分をどうやって作るかということなのです。それを短い期間にどうやって心の態度を形成するのかということです。

6年間の寝たきりが徐々に復活してきた

 岩崎(男性 仮名):29歳、旅行会社勤務です。不安神経症・パニック障害は7年前に発症しました。当時は、歩行するのも困難なほど不安が強く、会社も長期休暇をいただき家で寝たきりになっておりました。というのも、当時大学病院の精神科で、外来通院をやっとの思いでしていました。その精神科主治医から、「とにかく会社も休んで薬を飲み安静にしておきなさい」と言われていました。薬も、なにやら、どっさり貰いうけ訳も分からず、「これを飲んでいると治るだろう・・」と考え、ただ漠然と服用しておりました。ところが、薬の副作用でしょう、日に日に調子が悪くなり、とうとう先程申しあげた寝たきりになってしまいました。それから6年が過ぎ、家族も「主治医の言いつけ通り、薬も服用し、安静にしているのになぜ6年も経っても良くならないのか・・・?」という疑問がでてきて、母が、インターネットで私の病気のことを調べてくれたらしく、そこでたどり着いたのが先生でした。まさに駆け込み寺です(笑)しかし、結果としてそれから1年も経たないうちに社会復帰をいたしました。今ではこの通り元気に、社会的にもがんばっています。身体症状のことも忘れるようになりました。


 :確かに、私のところに来られる皆さんは、多かれ少なかれ、薬物のみ投与され長年にわたっている。しかし、それだけでは解決につながらないのが普通です。今、岩崎君が「身体症状のことも忘れるようになりました」と言いましたが、忘れなくていいのです。難しいかもしれませんが、不安神経症・パニック障害の人が到着するところは、不安もあって良いということなのですね。今、松村さん(仮名)が言われたように、「こうすればよくなる」という態度が肩から落ちていく。これは内発的な心の展開です。自分の意志のカで不安を取ることはできないのです。人間というものはおのずから内発的に展開していく人間性をもっているのです。これは非常に面白い話なのです。
 意志の力で不安を取るのではありません。その不安を取ろうとしたことが、生存欲の強い、完全欲の強い型の神経質の生きる態度の誤りからでてきた心の問題が今の症状といえば症状。言い換えれば、日本人だから陥る特有の心の葛藤なのかもしれません。


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by mental-online99 | 2014-02-05 22:04 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
不安神経症・パニック障害や神経症性鬱の人たちは、まれに体験する晴れ晴れとした最高の心の状態を標準としているケースが多い。テストでたとえると99点以上の状態が自己の基準になっているのであります。したがって、この99点から気分が下がってくると、たちまち一大事なことになり急に不安になる。

 私たちの心というのは流動変化しています。今晴れたかと思えば、曇り雨も降ってくる。普通の人たちはこのような心の状態でも特に気にもとめない。こんなこともあるさ、で片付いてしまう。ところが、神経症や完璧主義な状態からおちいる鬱などは、常に自分の心は99点以上「でなければならぬ!」、と執着します。もともと、この99点以上の心の状態というのは、「まれ」に現れる状態ですから、当然90点→80点→65点、、と変動していきます。

 不安症状をもつ人たちは、ここで不可能を可能にしようとする「心の操作、心の闘い」をしてしまうことになる。つまり、50点の心を99点にならなくてはならない、と奮闘する。もちろん、不可能を可能にする心の闘いですから不可能です。
 すると、ここで立ち止まり過度に心配し、悩み、煩悶し、終わりなき心の葛藤がはじまります。ひどい人は、99点の心になるまで何もしない、まるでお爺さんお婆さんのような生活という完璧主義者(神経質)もいます。ここまでくるとと、もう自分の心の変動を「内発的に」常に観察している状態になっていますから、不安症状や鬱症状が強く感じてきます。

 これらは、すでに心が違和感を感じ取ると、自分の意思とは関係なく内発的に、不安症状や気分の落ち込みになって現れる。言い換えれば、違和感をすぐに「どうにかなるのではないか?精神に異常をきたすのではないか?」などと反射的に心が反応してしてしまうのです。ここからはじまって、病院めぐりをする結果となり、症状を医師に言えば言うほど、それに応じた処方になっていくのです。

 ここでこれらを理解したから心の持ちようを変えればいいではないか、という人もいますが、そうはいかないのが普通です。いくら言葉で説明しても、このようなブログで書いても既に心は内発的活動をしていますから、この「変えよう」ということ自体が、さらなる不可能を可能にしようとする心の操作、心の闘いになるのです。
 心の反応ばかりではありません。身体に症状が現れるいわゆる心身症、身体表現性障害、などと云われる症状があります。交感神経が活発化するのもそうですね。

 なぜ、こんなに辛いのか?
「人生、近道ほど険しい」、と云うように、人に気が利く、やさしい心の持ち主、思いやりがある、いわゆる神経質傾向特有の症状でもあり、「道」でもあります。

続きは次回に書いていきたいと思います。


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by mental-online99 | 2014-02-03 22:28 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)
心の病、精神疾患が周囲から理解されないと嘆く人が多い。これはなにも精神に限ったことではありません。このことを悩み苦痛に思うのは決して悪いことではありません。むしろ、誤解を恐れず申せば、病気をすれば誰もが経験する正常な心理でもあります。いたって人間的な煩悶であることを最初に申し上げておきます。

「リンゴを食べたことのない人に、リンゴの味を言葉で伝えるのは不可能である」

 このように精神疾患、心の病の症状や苦痛を、言葉やゼスチャーで表現するようにといわれても出来るものではありません。特に、精神疾患に罹ったことのない人にこれらを知らすことは難しいと思われます。

 リンゴに例えると、真っ赤に実ったリンゴを直接木からもぎとって食べてこそ、これらの味は深くしみじみとわかるものです。従って、味わったことのない、あるいは見たこともない人たちに、このような体験なしで、知的に言葉やゼスチャーのみで理解させることは難しいように感じる。

 つまり、たとえ身内であろうと、これら精神疾患の苦痛を奥深く理解するのは困難を要します。言葉とはそれほど不完全なものなんですね。もちろん、愛情をもって当事者を深く理解し回復の支援をされているご家族や周囲の人たちの支えもあるのはいうまでもありません。

 一方、私がこれまで関わってきた疾患の人たちの多くが、「理解されない」と悲観されるのも現実です。一例としては、「気を大きくもて、気の持ちようだ、早く仕事をしろ」など様々です。不安症状やパニック発作、うつ症状などのことは、その人が「体」で知るよりない。したがって、言葉で自らの辛さや症状を理解させようと、すればするほど人間関係がこんがらがっていくケースも多いと経験上述べることができます。

 また、それとは逆に支える周囲の皆さまが当事者に対し、「今日の調子はどうか?」、「大丈夫か?」などと必要以上に聞かないことが大切です。これは調子はどうか?と聞かれると、症状をもった当事者は「どこかつらいところはないだろうか...」と症状をさがしてしまいます。これはまるで寝た子を起こしたかのように症状が現れ、再燃させることになるので注意を要したいところです。

 「過去をこだわらず、明日におびえず、今を生きる」
 人生にはいくら悩んでも解決できないことが沢山あります。これは仕方のないことです。悩みがいのないことを悩んでも時間の無駄でもあるし、心理的負荷も伴います。悩みがいのないことを悩むよりも、悩みがいのあることを考えたほうが建設的であります。

 今はつらいかもしれないが、もっと自分の体や心を信じてあげてください。そしてあらゆる愚痴や理解を求めることをやめたとき、おのずから自立心も芽生え、幼弱性は消え、心の強化にもつながっていくことでしょう。ここを通って、心がますます強化され根治に至り得ていくのです。



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by mental-online99 | 2014-02-01 08:30 | 不安障害・パニック障害 | Comments(0)

メンタルヘルスONLINE スタッフの徒然日記。不安障害・鬱、アルコール依存症などを語ります。


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